孫子の兵法

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孫子の兵法-地形篇 定石を知ってこそ定石を破れる

『孫子曰く、地形には通ずる者有り、挂かる者有り、支るる者有り、隘き者有り、険しき者有り、遠き者有り。
我以て往く可く、彼も以て来たる可きは、通と曰う。通ずる形には、先に高陽に居り、糧道を利して以て戦えば、則ち利あり。以て往く可きも、以て返り難きは、挂と曰う。挂かる形には、敵に備え無ければ、出でて之に勝ち、敵に若し備え有れば、出づるも勝たず、以て返り難くして不利なり。我出づるも不利、彼の出づるも不利なるは、支と曰う。支るる形には、敵、我を利すると雖も、我は出づること無くして、引きて之を去り、敵をして半ば出で令めて之を撃つは利なり。隘き形には、我先に之に居らば、必ず之を盈たして以て敵を待て。若し敵先に之に居り、盈つれば而ち従うこと勿れ。盈たざれば而ち之に従え。険しき形には、我先に之に居らば、必ず高陽に居りて、以て敵を待て。若し敵先に之に居らば、引きて之を去り、従うこと勿れ。遠き形には、勢い均しければ以て戦いを挑み難く、戦えば而ち不利なり。 凡そ此の六者は、地の道なり。将の至任にして、察せざる可からざるなり。』

「孫子は言う。戦場の地形には、四方に通じ開けたものがあり、途中に障害があるものがあり、途中で枝道が分岐しているものがあり、狭隘なものがあり、起伏のある険しいものがあり、両軍の遠く離れているものがある。
 我が軍からも行き易く、敵軍からも来易い土地は、通じ開けたという意味で「通」と言う。このような地形では、敵よりも先に高地の日当りの良い場所を占拠し、兵糧補給の道を確保しておいてから戦えば、有利になる。進むのは容易であっても引き返すのが難しいような土地は、途中に引っ掛かりがある「挂」」と言う。こうした場所では、敵に備えがなければ進撃して勝つこともできるが、敵が防御の備えをしていれば、進撃しても勝つことが難しく、退却も難しいので不利となる。我が軍が進撃しても不利となり、敵軍が進撃してきても不利となる場所を枝道に分かれて分岐している「支」と言う。道が枝分かれしているような土地では、敵がエサを撒いてこちらを誘い出そうとしても、それに乗って進撃せず、一旦退いて分岐を避け、敵をその分岐に半数でも進んで来させてから攻撃するなら有利に戦うことができる。谷間の道幅が狭まったような土地では、こちらが先にそこを占拠していれば、自軍でその場を満たして敵軍が来るのを待ち受けるようにする。もし、敵軍が先にその場を占拠し、兵員で埋め尽くしているようであれば、そこに進んではならない。敵が先にいてもまだ兵力を密集させていなければ攻めても良い。起伏の激しい土地では、先に自軍が布陣しているなら、高地の日当りの良い場所を押さえて、敵を待ち受けよ。もし敵軍が先にその場所を占拠していた場合には、軍を退いて立ち去り、敵軍に攻めかかってはならない。双方の軍が遠く離れている場合に、軍勢、兵力が互角であれば、自軍から戦いを仕掛けるのは難しく、無理に戦いを仕掛けようとすると不利となる。
 これら6つのポイントは、地形についての原理原則である。こうした道理を知ることは、将軍の最も重要な責務であるから、充分に研究し考えておかなければならない。 」

 地形篇の冒頭、6つの地形ごとに戦い方のセオリーを孫子は説いている。それぞれの地形で戦い方の定石がある。それを知った上で戦うのと、知らずに戦うのとでは大きな差がある。
 もちろん、2500年前の戦い方と現代の戦争は違うし、さらにそれを企業経営に応用するに当たって、そのまま現代語訳したところで役に立たない。ここで大切なことは、競合とのポジショニングや、業界構造、自社の収益構造、立地、プロダクト・ライフサイクルごとに、戦い方の基本を知っておくということだろう。
 企業経営、マネジメントなどと言うものは、そもそも企業という存在が生まれてから大して時間が経っていないし、現代の経営学なるものも成立してから数十年というところでしかないから、孫子のように千年単位の重みはない。だがそこには、多くの先達たちの経験があり、成功もあり失敗もある。そこから導き出された多くの経営理論もあるわけで、ある程度の方法論は少し調べれば知ることができる。
 孫子は、地形ごとの戦い方を知っておくことは、将軍として当然のことであり、しっかり勉強しておくようにと教えてくれたわけだが、我々企業経営に携わる者としても、最低限の経営知識や手法というものは知っておくべきである。
 定石通りにやったから必ず勝てるというものではない。当然敵もその定石を学んでいるからだ。だが、定石を知っているからこそ、その定石の裏をかくこともできるのであり、敵の動きも予想できるというものだ。それに応じて、正と奇を使い分ける。
 失敗から学ぶこともできるが、失敗せずに過去の経験知から学ぶことができた方がいいに決まっている。ビジネスでは命は取られないが、企業は死に絶えることがある。試しに戦ってみて、死んでしまってからでは、再起(再生)は困難だ。
 経営者たる者、経営知識を真摯に学び、経営の常道を知るべし。ただし、それを鵜呑みにしてはならない。定石、常道、常識通りにやっていて儲かった会社はなし。だからと言って、定石や常識など知らなくても良いということにはならない。
 孫子の兵法を学ぶ際には、ただ孫子の原文を忠実に読む、解釈する、現代語訳するという学び方をしてはダメだ。それではただの「兵学者」となる。きっと2500年前の孫武はそんなことを我々に望んでいないはずである。「もっと応用せよ」「目の前の地形や敵の動きを見て、どうするべきか具体的に考えよ」「その際の指針、判断基準として孫子の兵法を用いよ」と言うはずである。我々は、孫子の兵法を、現代の企業経営に具体的に応用、展開、実践する「兵法家」でなければならない。孫子兵法家を目指そう。

顧客のために強いリーダーシップを

『故に、兵には、走る者有り、弛む者有り、陥る者有り、崩るる者有り、乱るる者有り、北ぐる者有り。凡そ此の六者は、天の災いに非ず、将の過ちなり。
夫れ勢い均しきに、一を以て十を撃つは、走ると曰う。卒の強くして吏の弱きは、弛むと曰う。吏の強くして卒の弱きは、陥ると曰う。大吏怒りて服さず、敵に遇えば懟みて自ら戦い、将も其の能くするところを知らざるは、崩るると曰う。
将、弱くして厳ならず。教導明らかならずして、吏卒常無く、兵を陳ぬること縦横なるを、乱と曰う。将、敵を科ること能わず、少を以て衆に合わせ、弱を以て強を撃ち、兵に選鋒無きを、北ぐると曰う。
凡そ此の六者は、敗の道なり。将の至任にして、察せざる可からざるなり。』

「そして、軍の状況を見てみると、逃亡してしまったり、弛んでしまったり、落ち込んでしまったり、崩壊したり、乱れてしまったり、敗走するようなことがある。これら6つの敗因は、天災や災厄ではなく、将軍の過失であり人災である。
たとえば、軍の勢いや兵の置かれた状況が同じである時に、10倍の兵力の敵を攻撃しようとすれば、敵前逃亡させるようなものだ。兵士の鼻息が荒く猛々しいのに、それを管理する軍吏が弱々しくては、タガが弛む。軍吏が強気で優秀であっても、兵士が弱くて無能であれば士気が上がらず落ち込んだ空気となる。高級将校が将軍に対して憤って服従せず、敵に遭遇した際にも将軍への怨みの感情から独断で戦うような状況となり、将軍もまたその事態をどう収拾すれば良いか分からないようなことでは、軍は崩壊する。
将軍が弱腰で威厳がなく、兵に対する指示命令が不明確であり、将兵に対する指導方針に一貫性を欠き、布陣に秩序がなく雑然としているのを、乱れた軍と言う。将軍が敵情判断を誤り、少人数で多数の敵に当たらせたり、自軍の弱い部隊を敵の強い部隊と戦わせるようなことをして、兵士の中にも先鋒として適任の精鋭がいないのでは、負けて退散するのみである。
これら6つのポイントは、敗北に至る道理である。こうした道理を知ることは、将軍の最も重要な責務であり、充分に研究し心得ておかなければならない。」

 戦争で負ける側の軍隊には規律や風土の崩壊、モラルダウンが起こるものだと孫子は言う。敵前逃亡する者、たるんでしまう者、落ち込んでしまう者、へたりこむ者、取り乱す者、負けて逃げ帰る者があり、それらは天の災いではなく、将軍に落ち度がある人災なのだと指摘する。何かあれば、天や神や仏や厄や悪魔のせいにしていた時代に、そんなことで誤魔化してはダメだと言い切ったわけだ。さすが、孫子。だが、残念なことに21世紀の現代でも、すぐに神仏のせいにしたり、厄年だから・・・といった言い訳で誤魔化そうとする人がいるから気をつけたい。
 現代の企業においても、組織内にはいろいろな社員がいる。自己主張ばかりする者もいれば、遠慮と謙遜ばかりで本音を言おうとしない者もいる。リーダーシップを発揮する者もいれば、フォロワーに甘んじる者もいる。仕事ができる者もいれば、そうではない者もいる。飲み会に行ったら元気なのに、仕事の時は喋らない者もいる。上司の前では前向きなことを言うくせに、上司がいないとネガティブな言葉を発し、部下にまで後ろ向きな影響を与えるような者もいる。だが、そこに一定の規律や組織風土が保たれていれば、そう大きな問題は起こらないものだ。そもそも完璧な人間などいない。誰しも長所もあれば短所もあり、強み弱みを併せ持つ。多様な人間がいるからこそ組織としての活力が出てくるとも言える。
 しかし、これが一旦、トップの統率が機能しなくなり、組織としての規律や風土、制度が緩んで、個々のモラル、モチベーションが低下してしまい、ついに限度を越えて、一部にでも問題行動が出始めると、これが一気に拡がり、組織全体の崩壊を招くことになる。一度、組織風土が崩れて、弛んだ風土、ギスギスした風土、冷ややかな風土が醸成されてしまうと、それを払拭するのは大変だ。人の入れ替えも含め、根絶までには年月がかかる。
 こうした問題の根本原因はどこにあるか。それはトップである。中小企業であれば、それ以外になし。すべてはトップのリーダーシップの欠如、仕事への甘さ、自社の経営に対するコミットメントの弱さから来ていると言って良いだろう。その時に、個々の社員をあげつらって、「あいつが悪い」「こいつのせいだ」と言っていても始まらない。そもそも完璧な人間などいないのだし、そんな社員を採用し、教育してきたのは他ならぬ社長なのだから。あぁぁぁ~~~、なんとも厳しい、なんとも切なく辛い商売が経営者である。
 私も経営者として20年以上やって来たから、ダメな社員、嫌な社員、変な社員、困った社員をたくさん見てきた。「あいつのせいで・・・」と言いたいことも山ほどあるが、きっと自分のせいだな・・・・・。採用したのは自分だし・・・。もっと厳しく指導すべきだったな・・・・・・・。
 何しろ孫子は、将軍が弱腰で威厳がなく、兵に対する指示命令が不明確であり、将兵に対する指導方針に一貫性を欠き、布陣に秩序がなく雑然としているのを、乱れた軍と言うのだ、とも教えてくれている。
 実際、そういう会社が多い。管理者や経営者が部下、社員に対して厳しく指導できない。方針を示し、やるべきことを徹底できない。管理者にはもちろんたくさんいるのだが、経営者の中にも、社員に遠慮して言いたいことが言えない人がいる。何に対して遠慮しているのか。
 自分の個人的な利益のため、私用のためにコキ使えと言っているのではないのだ。顧客に対する責任を果たすため、顧客と約束した一定レベルの仕事を遂行するためにやってもらうべきことがあるのに、それを言わない、徹底できない、というのはいかがなものか。社員や部下を自分のために働く小間使い、召し使いのように考えているのではないか。自分のために働いてくれていると思っているから、遠慮してしまうのだ。
 企業は目的集団である。仲良しクラブでも家族でもない。顧客価値(社会的価値でもいい)の増大を目指して共に戦う同志なのだ。その目的に対して勝つために何の遠慮をすることがあろうか。顧客のためにやろうとすることに何の遠慮が必要なのか。自分のために指導するのではなく、顧客のために指導するのだ。使命感を持って部下や社員に接して欲しいと思う。
 顧客のためにやるべきだと考えている仕事なり業務を徹底しない、実行しない社員を許してはならない。業務命令違反だとか、ルール破りとか、社内の問題の前に、顧客に対する背信行為であることが大問題だ。会社に対する背信行為であれば、その経営者なり組織が許せばそれで済むが、顧客に対する背信行為を会社が許してしまったら、今度はその会社丸ごとが顧客からそっぽを向かれることになる。
 そうした問題行動をとる社員を処断できない弱腰なリーダーが、結局は組織の崩壊、企業の倒産へと導き、必死に頑張って為すべきことを実行してくれている社員も含め、すべての社員に業績悪化、企業倒産の大きな痛みを与えることになるのだ。将の至任にして、察せざる可からざるなり、である。

自己発働社員は会社の宝

『夫れ、地形は兵の助けなり。敵を料りて勝を制し、険易・遠近を計るは、上将の道なり。此れを知りて戦いを用うる者は、必ず勝ち、此れを知らずして戦いを用うる者は、必ず敗る。
故に、戦道必ず勝たば、主は戦う無かれと曰うとも必ず戦いて可なり。戦道勝たずんば、主は必ず戦えと曰うとも戦うこと無くして可なり。故に進みて名を求めず、退きて罪を避けず、唯だ民を是れ保ちて而して利の主に合うは、国の宝なり。』

「そもそも、地形の判断は戦争において助けとなるものであり、戦況判断を補完するものである。敵情を把握しつつ勝利への筋道を立てながら、地形が険しいか平坦か、その遠近はどうかを判断し、それをまた勝つための筋道に活かしていくのが、上級将軍の務めである。こうした地形の活用を知り尽くした上で戦争を進める者は必ず勝利を収める。こうした地形の大切さを知らずに戦争を進めるような者は必ず敗北を喫することになる。 こうしたことを踏まえ、戦争の道理に照らして自軍に充分な勝算があれば、たとえ君主が戦ってはならないと言っていても、戦って良い。逆に、自軍に勝ちが見込めない時は、君主が攻撃を命じたとしても、無理に戦わなくても良い。だから、進撃する時にも功名心によって動くのではなく、退却する時にも罰を免れようともせず、ただひたすら人民の命を大切にしつつも、結果として君主の利益にも適う行動をとれる将軍は国の宝とでも言うべき存在である。 」

 戦場となる現場の地形は、それですべてが決するわけではないけれども、その地形をどう活かすか、どう判断するかによって、戦いを左右しかねない重要な要素である。だが、この地形と敵の動きは、その場にいなければつかめない。現場にいる将軍でなければ判断ができないのだ。だから、戦争の現場において、たとえ君主から戦ってはならないという命を受けても、充分な勝算があり、戦うべきだと判断できれば、戦っても良いし、逆に客観的に見て自軍に勝ち目がない場合には、たとえ君主が攻撃を命じたとしても、無理に戦わなくて良いと、孫子は説いた。本国、後方にいて、現場のことを把握せずに出す指示に従っていては、現場でしかつかめない情報を活かすことができないからである。現場の詳細情報を知らないが故に発せられる指示命令もあるだろう。それがどう見ても間違っている、現場の状況にそぐわない内容であってもとにかく遵守しなければならないというのでは、勝てる戦も勝てなくなるだろう。
 これを現代の企業経営に当てはめると、社長の指示命令に、現場の管理者、マネージャーが背いても良いという教えになってしまうではないかと、懸念される経営者もいるだろう。だから孫子は、そうした行為に条件をつけた。
 進撃する時にも、己の功名心によって動くのではなく、退却する時にも罰を免れようとするのではなく、ただひたすらに国を守り人民の命を守ること考えて動くものであり、そしてその結果として君主の利益にも適うものでなければならない、と。
 そして、そうした判断、行動がとれる将軍は国の宝であると説いた。まさにその通りだろう。
 あなたの会社に、そんな判断ができる幹部やマネージャーがいるだろうか。そのような行動がとれる社員が何人いるだろうか。顧客のため、ひいては会社のためにどうあるべきかを自分で考え、自分で動く自律型、自発型の社員である。私はそうした人を「自己発働社員」と呼ぶ。自ら発して動く。動く時にはただ動くのではなく、意図や意志や思いを持って動くから「人」偏つきの「働」である。自分の評価を上げることばかり考えたり、上司からガミガミ怒られるから、顧客がガタガタうるさいからという理由で仕方なく動くのではなく、ただひたすら顧客のために何をすべきかを考え、それが結果として自社にとっても利益となるような動きをしてくれる人がいれば、まさにそれは会社の宝、「人財」である。
 自己発働社員は仕事を「我が事」としている。「給料をもらっているから」とか「仕事だから」という義務感、やらされ感で動いていない。まさにこういう人財は金では買えない。プライスレス。ありがたい存在だ。但し、そんな自己発働社員であっても、目指すところ、目的、使命感、ビジョンを共有しておく必要がある。目指す方向も、行き先も分からないのに、自発的に動くことはできないし、自律のしようがないからだ。
 逆に言えば、そうした自己発働してくれるような人財は、ビジョンや使命感を共有しなければなかなか得ることはできない。やはりリーダーは、価値ある未来を「見える化」「可視化」し、それを共有できる人でなければならない。それができていてこそ、現場の社員に仕事を任せることができる。
 社員全員を自己発働社員にしよう。それによって強い組織、強い会社が作られることはもちろんだが、それが社員本人にとってもハッピーなことだ。イヤイヤ義務感で、給料のためだけに働くのは本人もイヤだろう。どうせ仕事をするなら、前向きに、自ら進んで取り組んだ方が面白い。それも仕事の時間は人生のかなりの部分を占める。その時間が「辛くて、苦しくて、地獄のような時間」であったら、その人の人生の半分以上が「つらくて、苦しくて、地獄のような」ものになってしまう。そんな人を社員として雇っていては、それこそ可哀想だ。辞めて、もっと自分に合った会社なり仕事を探してもらおう。
 そんなことを言い出したら、社員の大半が辞めてしまって会社が回らない、と心配な会社は、そもそも会社に問題があるのだから、その問題から目を背けず問題解決に当たること。不平不満をタラタラ言いながら、イヤイヤ不機嫌そうに仕事をする社員に辞められたら困るからと遠慮してビクビクしているくらいなら、会社の問題を解決するための努力をする方がよっぽど生産的だ。こちらに努力を傾けた方が、前向きな成果につながる。もし、どうやって問題を解決すれば良いのか分からないという方は、NIコンサルティングにご相談を。ご支援します。
 「イヤなら辞めてくれ」と言える会社を作り、環境を整備することが、結果として、自己発働社員を増やすことになるのだ。それが会社の宝(人財)を大切にすることになる。

部下を見守り関心を持つ

『卒を視ること嬰児の如し。故に之と深谿にも赴く可し。卒を視ること愛子の如し。故に之と俱に死す可し。厚くして使うこと能わず、愛して令すること能わず、乱れて治むること能わざれば、譬えば驕子の若くして、用う可からざるなり。』

「将軍が兵士たちに注ぐ眼差しは、赤ん坊に対するように慈愛に満ちているものである。だからこそ、いざという時に兵士たちを危険な深い谷底へでも率いていくことができるのである。また、将軍が兵士たちに注ぐ眼差しは、我が子に対するもののようでもある。だからこそ、兵士たちは将軍と共に死ぬ覚悟で戦いに臨むことができるのである。  しかし、手厚く保護しても思うように使うことができず、可愛がるだけで命令も実行させられず、軍律を乱しても統制できないようでは、譬えて言えば、驕慢な駄々っ子のようなもので、ものの役には立たない。」

 (前節から続いて)、国の宝とも言えるような将軍は、その部下である兵士たちをまるで赤ちゃんを見るかのように慈愛に満ちた眼差しで見守っていたり、まるで我が子のように深い愛情を込めて見守っているものだと、孫子は言う。日頃から部下のことを気にかけ、働きっぷりを見てあげている。だから、イザと言うときに兵士たちは、危険な深い谷底へもついて来るし、命をも投げ出して将軍と共に戦おうとしてくれるのだ、と。深い谷底というのは、昔の戦いだから極力高いところにいて、低い位置にいる敵を攻撃する方が有利だということを考えれば分かりやすい。重力の関係だ。高い場所にいても、谷底にいる敵を攻めるとなれば谷底に向けて突撃しなければならない。谷底に降りてしまったところで、敵が上から攻撃してきたら逆にやられてしまうリスクがある。いずれにせよ、命懸けで戦ってくれるということだ。
 さて、あなたが部下に対して注いでいる眼差しはどのようなものだろうか。赤ちゃんを見ているかのように、また我が子を見守るかのように、慈愛に満ちたものになっているだろうか。「真面目に仕事しているのか!?」「ちゃんとやっているのか!?」「サボっていないだろうな!!」という目になっていないか。疑いの目、監視の目だ。もちろんそういう指摘をしなければならない人や場面もあるだろうが、基本的には部下を見守り慈しむ眼差しを向けなければならない。それがあってはじめて、部下は厳しい現場で奮闘してくれるのだ。人の心は2500年経っても変わらない。いつの時代も人は、頑張っているところを見ていて欲しいし、認められることを求めている。
 私は、企業経営の質を高め、経営スピードを上げていくためには、デイリーモニタリングシステムとして「日報」を活用することが必須であると考え、「紙の日報」の時代から「IT日報」の時代まで、多くの企業でそのお手伝いをして来たが、このデイリーモニタリングシステムがうまく稼動するかどうかにおいても、上司から部下への眼差しや働きかけが重要であった。部下の日報へのコメントの書き方で、すぐに分かる。
 ダメな会社、ダメな上司は、部下に対して日報を書け書けと言うばかりで、出てきた日報にコメントの一つも返さない。部下の仕事を見守る気がない証拠であり、それを部下に表明してしまうことになる。マザーテレサは「愛情の反対は無関心である」と言ったそうだが、確かにその通りだと思う。自分の部下、自社の社員が現場でどんな仕事をしてくれているのか、それで上手く行ったのか、困っていることはないか、お客様は何と言っていたのか、といったことが書かれた日報(紙でもITでも)に興味関心を持たないとは驚きだ。「勝手にやっておいてくれ」「お前たちが頑張っているかどうかなんてどうでもいい」ということだろうか。心理学では、これを「ディスカウント」と言う。相手の価値を値引きするという意味だ。
 これでは人は動かない。いくら強制して日報を書かせたとしても、内容は薄く、ロクなことを書いてこない。それはそうだろう。ロクに読みもしないし、読んでいたとしても何のフィードバックもないのだから。それではせっかくのデイリーモニタリングシステムも意味がないし、社内を駆け巡る「日報神経」が機能不全を起こすことになる。
 部下への感謝や期待はきちんとコメントとして伝えてみよう。もちろん口頭でもいい。これを心理学では「ストローク」と言う。相手の存在や価値を認める働きかけのことだ。これを「IT日報」のコメントとしてやり取りすると部門を越え、拠点を越えて共有でき、上司から部下へのコメントだけでなく、同僚同士でのやり取りも増えてくる。そうすることでお互いがお互いの仕事に関心を持ち、お互いが仲間であることを認め認められることになる。こうした「日報ストローク」は社員の自己重要感を高め、社内のコミュニケーションを促進させる効果を持つ。
 そうなると、自ずとデイリーモニタリングシステムが高精度に運用されるようになるから、「見える化」が進み、マネジメントレベルが上がり、経営スピードが速くなることになる。一見無駄なこと、手間が増えることのように感じるかもしれないが、これこそが組織を動かす要諦であり、孫子の兵法なのだ。
 実際、お手伝いした企業や私の会社の社員を見ていると、人は本当に自分の存在を認められたい、自分の居場所を確認したいと切望していることを感じる。ちょっとしたコメントでモチベーションが上がり、いつも入っているコメントが入らなかったりするとあれこれ気を揉んだり・・・。まさに自己重要感を人は求めていて、会社に限ったことではないが、人が働くということは生活するために金銭を得るだけでなく、組織に属することで得られる他者からの承認を報酬として受け取るものなのだ。それだけに、人はややこしい問題を引き起こしてくれたりもするが、人がいてくれてこそ企業、組織は成り立っているのだから、孫子の教えを肝に銘じたい。今よりも人の命が軽んじられ、人権論争などもなかった2500年前にこれだけの配慮を求めているわけだから、現代の企業が社員の心に配慮するのは当然のことである。命令に従わない兵士は斬り捨ててしまえば良かった時代ですら、人に動いてもらうためには、相手を見守り評価をフィードバックする必要があったのだ。
 ここで勘違いしてもらっては困るのが、社員、部下を甘やかし、何でも「いいよ、いいよ」と認めれば良いわけではないということだ。「ダメなものはダメ」と評価することも相手の存在を認める働きかけである。
孫子も、手厚く保護しても思うように動いてくれず、可愛がってばかりで厳しい指示命令ができずに軍律を乱して統制できないようなことになっては、わがままな駄々っ子のようなものであって、役には立たないと注意を促している。
 企業は目的集団であって、成果が求められている。協力して成果をより大きくするために企業組織があるわけだから、部下を見守ったり、育てたりすることが第一義ではない。だが、成果をより大きくするためにも上司は部下を育てることも考えなければならないし、自ら進んで仕事に取り組む姿勢を部下が持ってくれなければならない。だから、程度の低い仕事にはNGを出さなければならないし、言うべきことは言わなければならない。シビアな言いにくい話もしなければならなかったりするだろう。だが、そうした時にも、部下の身を案じ、将来を憂う優しさを持って、厳しい指導をしなければならない。部下への愛情があってこそ厳しい指導にも部下は納得してくれるのだ。そもそも、日頃から働きっぷりを見ていてくれている、見守ってくれて理解してくれていると思うから、厳しい指摘にも納得せざるを得なくなる。現場を見てもいないのに、結果だけを見て、ガタガタ文句ばかりを言うようでは、深い谷底へ突撃してはくれないだろうし、共に死のうなどと思ってはくれない。
 今の時代、一緒に死んでくれる必要はないが、やはり「この人のために頑張ろう」「この人が言うなら一丁やってやろう」というくらいは思っていてもらわなければならない。

地も知り天も知ってこそ

『吾が卒の以て撃つ可きを知るも、而して敵の撃つ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つ可きを知るも、而して吾が卒の以て撃つ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つ可きを知り、吾が卒の以て撃つ可きを知るも、而して地形の以て戦う可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。故に兵を知る者は、動きて迷わず、挙げて窮せず。
故に曰く、彼を知り己を知らば、勝、乃ち殆うからず。地を知り天を知らば、勝、乃ち全うす可しと。』

「自軍の兵士に敵を撃破する力があることが分かっても、敵軍に備えがあり攻撃してはいけない状態にあるかどうかを知らなければ、勝算は五分に過ぎない。敵軍に撃破できる弱みを見つけたとしても、自軍の兵士に攻撃する準備が整っていないことを知らなければ、勝利は確定できない。敵軍にスキがあり撃破できることを知り、自軍にも攻撃できる準備が整っていることが分かっても、戦場の地形が戦ってはならない状況にあることを知らなかったとしたら、勝算は五分であり、勝利を確定することはできない。こうした状況を見極めることで、軍事に精通する者は、軍を動かしても判断に迷いがなく、戦闘時にも窮地に陥ることがない。
だから、敵の状況や動きを知り、自軍の実態を把握していれば、勝利に揺るぎがない。その上に、地理や地形、土地の風土などの影響を知り、天界の運行や気象条件が軍事に与える影響を知っていれば、勝利を完全なものにできる、と言われるのである。」

 ここで、謀攻篇の「彼を知り己を知らば、百戦殆うからず」に、地を知り天を知るが加えられる。敵と味方の兵力やその士気などを把握し、その力関係をつかむことが基本ではあるが、さらに戦場の地理や地形を知り、季節変化や気象条件をもつかんでおけば、より万全な戦いができると言うのだ。
 確かに、競合企業と自社との経営資源、経営力の差も大切ではあるが、その時の時流や勢い、環境の変化、事業構造や収益構造の変化なども複雑に絡まり合い、単純に敵、味方の企業力比較だけで勝ち負けを判断することはできない。
 日頃から、属する業界や自社、競合企業のことばかりではなく、視野を広くして世のトレンドや動きをつかんでおく努力が必要であろう。大手企業であれば、経営企画などのスタッフ部門が色々な情報を集め、分析してくれることもあるだろうが、多くの中堅・中小企業では、こうしたことは当然経営者の仕事であり、現場の社員に押し付けるような話ではない。だが、現場での些細な変化、ちょっとした気付きが重要なこともあるから、そうした情報が吸い上がる仕組みを整えておくことも忘れてはならないだろう。
 私は、日々現場の社員が報告してくれる情報をモニタリングしている。日報神経による「デイリーモニタリングシステム」だ。それによって社員がサボってないかをチェックするのではない。顧客の反応や競合の動きなどをチェックし、現場で社員が感じたこと、気付いたことを教えてもらう。すべての現場に赴き、すべての顧客を訪問することは不可能だから、この吸い上がってくる情報は経営者にとって貴重だ。
 顧客の反応を見るのは当然のことだが、案外大切なのが競合の動きである。時にはそれが失注情報として上がってくることもある。ガッカリし、腹も立つが、それで現場の担当者を叱り飛ばして終わりにしてはもったいない。競合の良い点を知り、またそうした取り組みをする背景にある世の流れ、動きを読む。これを日々モニタリングしているから、変化に迅速に対応できるし、先回りすることも可能となる。強い経営のためにはこうした仕組みが必須である。
 また全国から吸い上がってくる情報によって、地域間の格差、違いも明らかになる。東京と大阪では反応が違うし、北海道と九州では気候も風土も大きく違う。同じく海を隔てても四国はまた感じが違っている。こうした情報が地を知り、天を知ることにつながる。各地、現地の人間は、その場の細かい情報は持っているが、地域間の情報を総合、統合して見ることはできない。それは本社、本部、経営者の仕事だ。そのためにもやはり「デイリーモニタリングシステム」が必要となる。戦略実行の仮説検証スパイラルを回す非常に重要な仕組みなのだ。
 また、地を知り天を知るとくれば、どうしても孟子の「天の時、地の利、人の和」を考えざるを得ない。孟子は、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。」と説いたわけだが、天と地と人、そのどこに優先度を置くかは議論が分かれるところである。孟子には悪いが、経営者は、時流を読む「天」、事業構造、収益構造、競合ポジションを考える「地」、そして社内の「人」の順番で考えるべきだと思う。人が大切なことは当然のことであり、人がいてこそ企業があるのだが、その人を活かすためにも、天の時、地の利を知らなければならない。
 しかし、実際には、小さな会社に行けば行くほど、「人、人、人」という経営者に遭遇する。孟子の影響かな?孟子の教えは、一般の民衆に「和」を求める教えであって、決してリーダー向けの帝王学ではないような気がする。注意が必要だ。孫子なら間違いなく、「卒の和は地の利に如かず、地の利は天の時に如かず。」と言っただろう。
 だが、中小企業では、「人がすべて」、「『人』産業なんだ」、「人が一番の差別化要因」などとおっしゃる経営者に遭遇することが少なくない。人材を大切にすることは良いことなのだが、あまりに社員に依存し過ぎていないか。それも個人的、属人的な努力に・・・。ちょっと突っ込んで聞いてみると、「人がすべて」という割に、採用もハローワークで、教育も大してやっていない、給与も低い、という会社が少なくない。それで本当に「人」を大切にしているのだろうか。ある経営者が「人が差別化要因だ」と言うから、「どんな差別化ですか」と聞いたら、「とにかく真面目で努力家だ」と来た・・・。「あとはフットワーク」なのだそうだ。自社に強みとなる差別化要因も、勝つためのビジネスモデルも、将来を見通す戦略もなく、単に安い給料で社員を頑張らせているだけなのではないか。自社の経営をよ~~く考えてみよう。地を知り、天を知らなければ、勝ちは全うできない。

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