孫子の兵法

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孫子の兵法-虚実篇 先回りして備える経営へ

『孫子曰く、先に戦地に処りて、敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。故に善く戦う者は、人を致して人に致されず。』

「孫子は言う。先に戦場に着いて敵軍の到着を待ち受ける軍隊は余裕を持って戦うことができるが、後から戦場にたどり着いて、休む間もなく戦闘に駆けつける軍隊は苦しい戦いを強いられる。したがって戦上手は、敵を思うがままに動かして、決して自分が敵の思うままに動かされるようなことはしない。」

『能く敵人をして自ら至らしむる者は、之を利すればなり。能く敵人をして至るを得ざらしむる者は、之を害すればなり。故に、敵、佚すれば能く之を労し、飽けば能く之を飢えしめ、安んずれば能く之を動かす。其の必ず趨く所に出で、其の意わざる所に趨く。』

「敵軍をこちらの思うように動かすことができるのは、敵の利になることを見せて誘うからである。敵軍が思うように動けなくなってしまうのは、動けば敵の害となるように仕向けて動けなくさせているのである。だから、敵が優位な状況にいれば、それを切り崩してその兵力を減殺することもできるし、敵が充分な食糧補給ができていれば、その補給を断って飢えさせることもでき、休息している敵には、動かざるを得ないようにさせることができる。敵が必ずやってくるであろう地点には先回りして出撃し、敵が予期していない地点に急襲をかけるのだ。」

 先に戦場に着いて敵軍を待ち受ければ、余裕を持って戦うことができるが、敵より遅れて戦場に着き、休む間もなく戦わなければならないとしたら、苦しい戦いになる。それは分かり切ったことなのだから、戦上手は先手を打って敵を思うように動かし、決して敵の思う壺にはまったりはしないのだ、と孫子は説いた。大切なことは敵の考えを読むことである。敵が何を考えているか、どういう判断をするか、が分かれば、自ずからこちらは先回りできる。
 企業経営においても、先回りして、先手を打っていれば楽に、余裕を持ってできるのに、ギリギリになって、後手後手となり、慌てて手を打っても結局手遅れとなることがある。先行管理ができていないのだ。

 先行管理とは、一ヵ月後、二ヵ月後、三ヵ月後、できれば半年後くらいまで見通して、今何をすべきかを考えていくマネジメントを言う。その会社の平均商談期間などにもよるが、たとえば平均で商談が成立するのに三ヶ月程度かかるのであれば、最低でも三ヵ月後か四ヵ月後までの受注見込を把握して手を打っておかなければならない。当月の売上が足りないからと言って、焦って手を打っても、商談成立までには三ヶ月かかるわけだから時すでに遅し、である。
 そうではなく、三ヵ月後、四ヵ月後の受注見込、売上見込が少ないことが把握できた時点で手を打つ。ここで手を打っておくから、三ヵ月後、四ヵ月後に成果が出るのだ。それなのに、前月の売上結果を集計して、あれが良かった、これが悪かったと結果管理をしているようでは、話にならない。そんな話をするのが、翌月の5日とか10日あたりでは、すでにその月も残り20日程度しかない。済んだことを報告して、ガタガタ言うばっかりの無駄な会議は止めた方がいい。
 案件や物件を追いかける新規中心の営業スタイルの会社であれば、当然数ヶ月先までの先行管理がなされなければならないし、既存中心のルート営業の会社であったとしても、先の数字を見越して、必要な手を前倒しで打っていかなければならない。
 営業部門がこうした先行管理にシフトできると、仕入購買から、生産計画、資金繰りまでが先行管理で、先手を打てるようになるから、会社に余裕が生まれ、経営も楽になるのだ。これによって、経営の質がかなり上がる。

 そして、もう一つ、先行指標というものを考えてみよう。
 たとえば、受注や売上などは、結果として出てくるものであって、これを見ているだけでは結果指標による管理だと言える。実際には受注や売上の前には、新規の見込創出数や、そのために行われる営業マンの訪問件数や電話本数などの活動がある。これら結果が出るまでのプロセスにおける指標のことを先行指標と言う。
 この先行指標をマネジメントすることで、マネジメントのサイクルを速くすることができるのだ。一ヶ月に10件の受注が必要だとしよう。一ヶ月経って、受注が10件あるかないかをチェックするのでは、うまく行っていない場合の対策が遅れることになる。そこで、10件の受注をするためには、提案書提出がその3倍の30件なければならないと仮定してみる。提案書提出を毎月30件コンスタントに実行することが、毎月10件の受注のためには必要なのだから、提案書提出を週に8件行うという先行指標を設定してみる。それであれば、週単位で8件提案書提出したかどうか、できていないとすればどうするのか、を検討することができ、ギャップの修正がマンスリーからウィークリーになって、その分だけ経営が速くなる。
 さらに、週に8件の提案書提出をするためには、一日に3件は新規訪問がなければならないとしよう。今度は、一日に3件の新規訪問が先行指標となる。これであれば、デイリーにギャップを認識することができ、さらに打ち手も速くなる。
 これらがつながると、日々3件の新規訪問を行うことで、週に8件の提案書提出先を確保することができ、月間で30件の提案書提出ができれば、10件の新規受注ができるという仮説が立てられたことになる。もちろんこれは仮説のストーリーであって、いつも思うように行くとは限らないが、先行指標があることによってマネジメントサイクルが速く回り、それだけ行動修正の機会が多くなることで、机上の空論の実現性が高まることになる。
 そして実際にやってみて、仮説ストーリーが実態に合っていないということが分かれば、先行指標の設定の仕方を変えれば良いから、まずは結果指標、先行指標の仮説ストーリーを作って実行してみることである。完璧なストーリーを作ろうとせず、仮説なのだから、まずはやってみること。これが大切。

 こうした先行管理、先行指標による管理ができるようになると、経営が速くなって、さらに強くなる。やってみなければ分からない・・・、月末に締めてみないと分からない・・・、月末の追い込みで営業マンがどれだけ受注するか分からない・・・、という結果頼み、現場頼みの経営をしていては、結果をより良くすることもできないし、その後の業務プロセスにも無駄が生じ、余計な在庫やコストや手間を生むことになってしまうのだ。
 こうして経営が先行管理になって、余裕ができたら、今度は顧客のニーズを先回りし、顧客をこちらのペースに巻き込んでいくことを考える。顧客に言われてから動いてはダメである。顧客がまだ気付いていない時点で、顧客がまだ感じていない時点で、こちらは先回りする。「そんなの無理だ」と言わずに、そうするためにはどうすれば良いのかを考えてみよう。簡単なことではないが、そうしようと思わない限り一生そうはならない。
 顧客が予想していない、そこまで期待していないニーズを創造し、そこを急襲するのだ。

無形無声の戦い

『千里を行きて労せざる者は、無人の地を行けばなり。攻めて必ず取る者は、其の守らざる所を攻むればなり。守りて必ず固き者は、其の攻めざる所を守ればなり。故に、善く攻むる者には、敵、其の守る所を知らず。善く守る者には、敵、其の攻むる所を知らず。微なるかな微なるかな、無形に至る。神なるかな 神なるかな、無声に至る。故に能く敵の司命を為す。 』

「千里もの長距離を遠征しても疲労が少ないのは、敵のいないところを進むからである。攻撃すれば必ず奪取できるのは、敵が防御していない所を攻めるからである。守る際に堅固であるのは、相手が攻めてこない所を守っているからである。だから、攻撃が巧みな者に対すると、敵はどこを守ってよいかが分からないし、防御が巧みな者に対すると、敵はどこを攻めてよいのかが分からないのである。微妙な戦いの妙は、無形であり、神業のような戦いは音もない。それによって、敵の生死を自在に操ることができるのである。」

『進みて迎う可からざる者は、其の虚を衝けばなり。退きて止む可からざる者は、速やかにして及ぶ可からざればなり。故に我れ戦わんと欲すれば、敵、塁を高くし溝を深くすると雖も、我れと戦わざるを得ざる者は、其の必ず救う所を攻むればなり。我れ戦いを欲せざれば、地を画して之を守るも、敵の我れと戦うを得ざる者は、其の之く所を膠けばなり。』

「こちらが進撃しても、敵が迎え撃つことができないのは、こちらがその敵の隙(弱点)を衝いているからである。こちらが退却しても、敵がそれを阻止できないのは、それが素早くて追いつくことができないからである。そこで、自軍が戦いたいと思えば、敵が仮に土塁を高く積み上げ、堀を深くして籠城戦に持ち込もうとしたとしても、出撃して来ざるを得なくなる。それはこちらが、敵がどうしても救おうとする地点を攻撃するからである。自軍が戦いたくないと思えば、地面に線を引いて仕切っただけの陣地であっても、敵はこちらと戦うことができない。それは敵の進路を欺き判断を誤らせるからである。」

 千里もの長い距離を行軍しても兵隊の疲労が少ないのは、敵がいないところを進んだからだと孫子は言った。それはそうだ。敵がいなければ行軍も簡単だ。敵の虚を実で衝く。虚に実。実に虚。守っていないところを攻め、攻めてこないところで守る。究極は、無形であり無声となる。

 企業経営に置き換えても同じこと。要するに、敵がいないところを進むべきなのだ。敵がいないところとは、完全オンリーワンかマーケットの小さいところだ。余程特殊な技術や素材がなければオンリーワンは難しいから、地方とか、ニッチマーケットとか、特殊商品とか・・・小さなマーケットを考えてみよう。マーケットが小さいから、大手企業は入ってこない。大手企業にとっては、微々たる売上しか期待できなくても、小さな会社にとっては充分大きな売上になるかもしれないし、敵がいなければ、確実に利益が取れる。売上規模など小さくても利益額がきちんと残れば問題なし。そういう経営もあっていい。
 しかしマーケットが小さく、特殊なものを扱うとなれば、IT活用によってローコスト運営をする必要がある。ここを人海戦術でやろうとすると、結局コストダウンにも限界があって、忙しいばかりで儲からない、となる。中小零細企業の典型例だ。これでは孫子の兵法を活かしたことにはならない。「社員の給料を低く抑えているからなんとか商売が成り立っています」などと言う社員を犠牲にする経営をしてはならない。しっかり顧客に喜ばれて儲けを出し、社員も幸福にする経営が孫子兵法経営である。

 たとえば、人口減少している地方都市に進出すると考えてみよう。衰退マーケットで規模も小さい。そういう場合には社員一人を送り込んで、マンションオフィスでも良いではないか。住宅兼オフィスだ。電話は転送にして、事務処理はすべてIT化して本社でまかなう。そのエリアのマーケットは縮小していても、自社にとってはプラスアルファの売上だから、コストをかけなければプラスになる。
 逆もまた良し。地方企業が首都圏を攻めてもいい。それこそニッチなところを狙う。ニッチでも首都圏の巨大マーケットであれば、そこそこのパイになる。これもバーチャル戦法で行く。無形の戦いだ。地方が厳しければ、孫子の兵法を使って他地区に打って出よ。
 特殊な商品というのはなかなか売れないが、これもまた虚を衝く良い商品だ。年に一個売れるかどうか、といった品揃えも敢えてやってしまう。他社のやらないことが虚の戦略である。但し、それを実現しようと思えば、ITを活用して在庫管理を徹底するか、製造直販のような仕組みを作りたい。気合と発想だけでなく、実を伴うシカケ、シクミが必要となる。

 こうした小さな売上、なかなか売れない商品を積み上げ、拾っていく戦略を「ロングテール(長尾)戦略」と言う。普通はグローバル展開するネット企業などが採る戦略だが、中堅・中小・零細ならロングテールで充分だ。敵のいない特殊分野、辺鄙な町でロングテールを伸ばせば、案外いい商売になる。
 IT(バーチャル)を活用することによって、まさに目に見えない世界でビジネスを進めるのだ。それが無形の戦いであり無声の戦略である。 微なるかな微なるかな・・・・・神なるかな神なるかな・・・・・

フォーカス戦略で小が大を制す

『故に、善く将たる者は、人を形せしめて我に形無ければ、則ち我は専りて敵は分かる。我は専りて一と為り、敵は分かれて十と為らば、是れ、十を以て其の一を攻むるなり。我寡なくして敵衆きも、能く寡を以て衆を撃つ者は、則ち吾が与に戦う所の者約なればなり。』

「そこで戦上手な将軍は、敵には陣形を露わにさせ我が軍は秘匿して無形を維持するから、我が軍は(敵の動きが分かっているので)兵力を集中させることができ、敵軍は(こちらの動きが分からないので)兵力を分散させることになる。我が軍は、一点に兵力を集中させ、一方の敵軍は、分散して10隊に分かれたとすると、敵の10倍の兵力(敵が自軍の10分の1の兵力)をもって攻めることができる。我が軍の兵力が全体としては少なく、敵軍の方が多かったとしても、その小兵力で大兵力を打ち破ることができるのは、個々の戦闘において、兵力を集約させ、集中して敵に当たるからである。」

『吾が与に戦う所の地は知る可からず。則ち敵の備うる所の者多し。敵の備うる所の者多ければ、則ち吾が与に戦う所の者寡なし。故に、前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なく、左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なく、備えざる所無ければ則ち寡なからざる所無し。』

「我が軍が兵力を集結させて戦おうとする地点を敵は知ることができない。したがって敵が多くの地点に兵力を配備しなければならなくなる。敵が備える地点が増えるほど、それぞれの地点で我が軍と戦う兵力は小さくなる。すなわち、前方に備えようとすると後方が手薄になり、後方に備えようとすると前方が手薄になる。左翼に備えようとすると右翼が手薄になり、右翼に備えれば左翼が手薄になるのであり、すべての方面に備えようとすると、すべてが手薄になってしまうのだ。」

 敵が大軍であっても、兵力を分散させてしまえば、恐れるには足らないと孫子は説いた。こちらは逆に一点集中、一点突破だ。現代の企業経営も同じ。相手が大きくても、分散してくれれば、個別の戦いでは大したことはない。こちらは得意分野にフォーカスする。
 実際、競合企業の方が大きくても、すべての事業、商品分野で競合していることは少ないだろう。競合先が300名規模の会社で、自社が30名の規模とする。相手は自社の10倍だ。だが、それくらいの差があると、競合先は複数の事業をやっていたり、地域が広域に広がっていたりするから、自社が行っている事業、もしくは商品分野の担当は20名しかいない、というケースは少なくない。そうであれば、敵は20名、こちらは30名で形勢逆転だ。さらにこちらが敢えてエリアを絞り込んで集中させていくと、競合の担当者は5名だけみたいなことになって、5対30の戦いに持ち込むこともできたりする。
 もちろん会社対会社の体力勝負になると、小さい方が弱いから、ヘタな価格競争などをしかけてはならない。相手は事業が分散しているだけに、自社を狙い撃ちされて、競合事業だけを赤字覚悟でディスカウントして潰しにくるかもしれない。総力戦にはならないように気をつけながら、敵を分散させ、こちらはフォーカス。これを忘れないように。

 実際に邪魔になるのは、こちらが30名に対して、競合が50名程度の大して差はないのだが、敵の方が微妙に大きいという場合だ。事業としてもモロにバッティングしていて、実兵力でこちらが負けているとしよう。こういう場合には、自社はさらにエリアを絞り込むなり、得意分野にフォーカスするなりしていかないといけないのだが、多いのは、競合が新商材を扱ったり、エリア拡大しようとする時に(せっかく兵力を分散してくれているのに)、「うちも負けるわけにはいかない」と追随してしまう企業だ。実力差の小さいライバルだから対抗心があるのは分かる。「あんな敵には負けないぞ」という気概も大切だ。だが、せっかく相手が分散して、戦線を拡大してくれているのに、こちらが一緒になって分散、拡大をしてしまったら、元々の兵力で劣っているわけだから、ますます勝ち目がなくなってしまう。全方位戦略で何でもやろうとすると、すべてにおいて中途半端、となって悲しい結末が待っていることになる。
 自社と競合の経営資源を冷静に見極め、敵に味方の兵力を悟られないようにしながら、フォーカス戦略をとることが重要である。

主体的に戦略ストーリーを描け

『寡なき者は人に備うる者なり。衆き者は人をして己に備え使むる者なり。故に、戦いの地を知り、戦いの日を知らば、千里なるも戦うべし。戦いの地を知らず、戦いの日を知らざれば、左は右を救うこと能わず、右は左を救うこと能わず、前は後を救うこと能わず、後は前を救うこと能わず。況んや、遠き者は数十里、近き者は数里なるをや。以て吾れ之を度るに、越人の兵は多しと雖も、亦た奚ぞ勝に益せんや。故に曰く、勝は擅ままにす可きなりと。敵は衆しと雖も、闘うこと無からしむ可し。』

「兵力が分散して薄くなってしまうのは、相手からの攻撃に備える受身に回っているからである。兵力を集中させて優勢にできるのは、相手がこちらの出方に備えるように仕向けた主体的な立場だからである。そうしたことから、もし戦闘地点も分かっており、戦闘開始の時期(日時)も分かっていれば、仮に千里も離れた遠方であっても主導権を持って戦うことができる。逆に、戦闘地点も戦闘時期も予測できず、受動的に戦わざるを得ないような場合には、左翼が右翼を救援できず、右翼も左翼を救援できない。また前衛が後衛を救援することもできず、後衛が前衛を救援することもできない。一つの軍であってもこのような状態であるから、遠く数十里、近くても数里離れた別働の友軍支援などできるはずがない。
 こうしたことを踏まえて、私が呉越の戦いを考えてみるに、越の兵力がいかに強大といえども、それがそのまま勝利につながるわけではない。だから、呉の勝利は思うままに得られると言ったのだ。敵が強大であっても、それを分散させて、思うように戦えなくさせることができるからだ。 」

 衆寡逆転の戦法の続き。ここで大切なことは、主体的に動くか、受動的に受身に回ってしまうかということである。主体的に動くためには、こちらにビジョン、構想、戦略ストーリーが必要となる。
 孫子は、戦いの場所と戦う日が予め分かっている場合には、仮に千里も離れた遠い戦場であったとしても充分な備えが可能だから戦っても良いと教えてくれている。
 自社が主導し、構想し、主体的にビジネスモデル、戦略ストーリーを構築することができていれば、どんな競合企業とも有利に戦いを進めることができるし、そもそも不利な戦いには近寄らないようにしていけば良いことになる。
 業界ナンバーワン企業でない限り、自社よりも強大な敵と戦わざるを得ない状況が起こりうる。今は、業界の垣根を越えて、ビジネスモデル競争をする時代でもあるから、業界ナンバーワン企業であっても異業種・異分野の巨大企業と戦わざるを得ないこともあるだろう。
 より強い敵と戦うわけだから、短期間では無理な場合がある。1年や2年ではとても対抗できない。だが、仮に現状はそうであっても、これが5年、10年、場合によっては20年先であればどうだろうか。不可能とは言えまい。いや、用意周到に準備し、こちらが主導して手を打っていけば勝てる。
 千里の道を、時間軸で考えてみれば良い。5年、10年では無理そうなら、千里の道を20年と考える。20年かけて勝つストーリーを描いてみる。長い道のりではあるけれども、自社が主導していける道のりである。戦いの場所も日時もこちらが決める。

 ここで「可視化マップ」を描いてみると良い。20年後の戦略の地図を描くのだ。なぜ20年後かというと、現状の制約やしがらみから逃れるためである。どうしても3年、5年、10年程度のスパンでは、「人がいない」「金がない」「技術がない」などと言い訳が出てくる。しかし20年も先なら、ゼロから起業したとしても色々できる。現状の制約を外して、理想の戦場とその日時を決めるのだ。
 20年も先のことだから、厳密に考え過ぎずに、思い切って描いてみれば良い。未来予測の正確性を競っているわけではないのだ。どうせ5年ごとに描き換える。20年後の戦うべき場所が決まったら、そこに向けてどう動いていくかを、5年後のマップ、1年後のマップへと落とし込んで、今どうするべきかを明確にする。
 当然、現状からの積み上げではなく、20年後からの逆算でなければならない。これができれば、長期、中期、短期の経営ストーリーに一本の筋が通り、戦略整合性が高まる。
 仮に、遠い20年後に向けた道のりであっても、その戦場と開戦の日が自社の思うように決められるのであれば、「戦うべし」。それが孫子の教えだ。
 中小企業、未上場・非上場のオーナー会社だからこそ、目先の収益や外部の声に惑わされず、長期的な視野を持って、自社の独自の戦略とその実行ストーリーを持って経営していくことができるのだ。

 小さな会社こそ、長期の大きな地図を描くべきである。壮大な、夢のある地図が良い。それによってまた人も集まり、より戦略実現の可能性が高まる。
 主体性を持って経営に取り組むこと。競合や、親会社や、景気などに左右され、受身の経営をしていては、いつまで経っても儲かるようにはならないし、仮に規模が大きくなっても、守りで兵力が分散して、一点集中で攻めてくる新興企業に撃破されることにもなりかねない。
 孫子の兵法を学んで、主体的に経営することを意識して欲しい。

相手の意図をつかみとれ

『故に、之を策りて得失の計を知り、之を作して動静の理を知り、之を形して死生の地を知り、之に角れて、有余不足の処を知る。』

「そこで、敵の意図を見抜いて敵の利害、損得を知り、敵軍に揺さぶりをかけて、その行動基準をつかみ、敵軍の態勢を把握して、その強み弱み(生死を分ける土地)を明らかにして、敵軍と接触(小競り合い)してみて、優勢な部分とそうではない部分をつかむのだ。」

『故に、兵を形すの極みは無形に至る。無形なれば、則ち深間も窺うこと能わず、智者も謀ること能わず。形に因りて勝を衆に錯くも、衆は知ること能わず。人は皆、我が勝の形を知るも、勝つ所以の者は知る可からず。故に其の戦い勝つや復さずして、形に無窮に応ず。』

「したがって、望ましい軍形の極みは無形ということになる。定まった形がなく、意図が全く見えない無形であれば、深く入り込んだ間諜であっても動きを見抜くことができず、優れた智謀を持つ者であっても意図を見抜くことはできない。敵の形が読み取れれば、たとえ敵が多勢であっても勝利への道筋を示すことができるが、敵はこちらの企図を知ることはできない。一般の人は皆、我が軍が勝った形(陣形・態勢)を知ることはできるが、どのように勝利に至ったかという意図やプロセスを知ることはできない。だから、その戦いに勝っても同じ形を繰り返すことはなく、あくまでも相手の形に合わせて無限に変化し対応していくのだ。」

 敵と対峙した時には、ただ敵の動きを見張るのではなく、敵に揺さぶりをかけ、軽く攻撃してみたりして、相手の行動基準やいつ動き、いつ動かないかの判断基準をつかめと孫子は説いた。それができれば、敵の動きを先回りして攻撃したり、敵の狙いを逆手にとって、敵をこちらの思うように動かすことができるようになる。相手の動きを見てから動き出していては後手を踏む。
 これを企業経営においては、顧客の判断基準、購買基準をつかむことだと置き換えることができる。顧客訪問し、いちいち顧客のニーズや考えを聞いていたのでは、後手に回ることになる。言われてから動いたのでは、必ず二度手間となる。顧客が「いつ買うのか」「いくらなら買うのか」「誰が意思決定するのか」「どうなれば買うのか」が分かれば、それに合わせて先回りして先手を打つことができる。
 そんなことを顧客が教えてくれるわけがないと思うだろう。「そんなことが分かれば苦労はしない」と言いたくなる気持ちも分かるが、これができる。読心術を使うわけではないので、その場では分からないが、多少時間をかければ「見える化」できるのだ。
 そのためには、孫子だけでなく、孔子(論語)の智恵も少し拝借する。「其の以うる所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ廋さんや、人焉んぞ廋さんや」の「視・観・察」の教えだ。
 まず、営業マンが顧客と商談する時には「視」で相手の言動を客観的によく見る。表情の変化や微妙な間も読み取ろう。
 しかし顧客は本当のことを言ってくれなかったり、本心を隠していたりするから、その裏を読む推察をしなければならない。これが「察」。「高いと言っているけど買いそうだな」とか「権限があるようなことを言っているけど実はないのではないか」「金がないと言いながら高級そうな時計をしているし、実は予算に余裕がありそうだ」といったものだ。これをITに記録すると、過去からの経緯として時系列に読み返すことができる。これが「観」。「観」とは時間の経緯に沿って見ていくことだ。時間を追って見ていくと、「3年前にはこういうことがあったけど、1年前にはこういうことになった。ということは、○○が判断基準だな」というものが見えてくる。その場その場での「察」には、どうしても読み間違いがある。だがそれが積み重なると、だんだん正解が見えてくるようになるのだ。
 残念ながら、こうした顧客の「視・観・察」はベテランの営業マンの頭の中にしまい込まれていたりする。だからベテラン営業マンは、いちいち顧客に尋ねなくても、買うか買わないか、いくらなら買うのかが分かったりするのだが、如何せん頭の中にあるだけだから他人が活用することができない。それも人間の記憶に頼っているから、限られた顧客に対してしか「視・観・察」が効かない。そこで、そうした情報をITに蓄積し、共有することで、組織としての財産にする。これが顧客の「見える化」であり、孫子の兵法と論語の智恵を現代に活かす非常に効果の高い取り組みである。
 これによって、顧客の利害得失と価値判断基準をつかんで先回り営業(提案)することができれば、確実な成果が出ることは間違いない。

 敵の意図や判断基準をつかむべきだと言う教えがある一方で、それは逆から見れば、敵からこちらの判断や意図を見透かされてはならないことを意味する。だから孫子は、戦い方の究極は無形であると言った。
 形が無ければ、見えないし、その意図や狙いを探ることもできない。形が無いわけだから、味方であってもその意図が分からない。時にはそれくらいの周到さがあってもいい。
 競合企業との厳しい戦いがあって、価格競争がドロ沼化してしまっているとか、新規事業、新商品で一気に新マーケットを作りたいとか、逆にある事業分野、商品分野から撤退したいとか、相手にはこちらの動きを察知されたくないようなケースがある。そうした場合には、敵を欺くにはまず味方からということも考えなければならない。
 自社の社員が競合企業に情報を漏らすようなことは無かったとしても、ついつい現場での詰めが甘くなったり、油断して客先で話したことが競合に伝わってしまったりということもある。
 仮に社員には悪意は無かったとしても、今はブログやツイッターなどもあるから、何気なくネット上につぶやいてしまったことで情報が漏れてしまうようなこともある。
 組織を動かす上では、原則として情報共有が求められるが、時と場合によっては、社内でも知られてはならないことがある。撤退戦略やM&Aなどもそういう情報だろう。ヘタに社員が知っていると動きにくくなったりするし、そもそも交渉事がうまく進まなくなることがある。
 世の中にはいろいろな人がいるし、もちろんいい人ばかりではない。競合企業はもちろん自社の動きを探ろうとしているし、弱みがあればつけこもうと考えている。「そんな卑怯なマネはしないだろう」と信じるのはいいが、それで相手に裏をかかれて、後になって「だまされた」と非難しても時すでに遅し。甘い判断をした自分が悪い。経営は戦争である。兵は国の大事であることを思い出そう。
 大切なことは、柔軟に、無限に、変化させること。無窮である。過去からの惰性や慣行、定型的な反復、困ったときの十八番。。。。。そうした決まった形があってはならない。得意パターンはあってもいいけれども、相手に合わせて柔軟に変えること。それが無形への道である。何があるか分からないのだから、決まった形だけで対応しようとしてはならない。無形であれ。

経営は水の如く

『夫れ兵の形は水に象る。水の行は高きを避けて下きに走る。兵の勝は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて行を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に、兵に常勢無く、常形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、之を神と謂う。五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。』

「そもそも、軍の形は水に喩えることができる。水は高いところを避けて、低いところへと流れる。軍も敵の兵力が充実した「実」の地を避けて、手薄になっている「虚」の地を攻めることで勝利を得る。水が地形に応じて流れを決めるように、軍も敵の動きや態勢に応じて動いて勝利する。したがって、軍には一定の勢いというものもないし、常に固定の形というものもない。敵の動きに応じて柔軟に変化して勝利をもたらすことを神業(神妙)と言うのである。これは、五行(木火土金水)にも常に勝つものはなく、四季(春夏秋冬)にも常に一定のものはなく、日の長さにも長短の変化があり、月にも満ち欠けがあるようなものだ。」

 無形の象徴が水だと考えればいいだろう。孫子は、軍の形は水のようなものだと言った。確かに水には決まった形はない。相手に合わせて形を変える。場所に合わせて勢いを変える。流れも常に一定ではなく、時に増水して地形まで変えてしまう。柔軟に相手に合わせながら、東日本大震災の大津波のようにすべてのものを押し流し、飲み込んでしまう力を持っているのが水である。
 企業経営も水の如く、柔軟に、時代に合わせ、マーケットに合わせ、顧客に応じて形を変えなければならない。100年、200年と続く老舗企業も、創業時とまったく変わらない事業スタイルではない。時代に合わせて必要な変化を遂げて来たからこそ、世紀を超えて存続できているのだ。
 しかし、残念なことに中小企業であっても、「うちにはうちのやり方がある」「うちの強みはこれだ」「ずっとこうしてやってきた」と、過去の成功体験にしがみついて変化することから逃れようとする会社がある。どんな成功体験か分からないが、何十年も経営してきて、未だに中小企業なのであれば、大した成功ではなかったわけだろうから、もっと柔軟に考えられないか。時代も環境も人の意識も変わっているではないか。
 失礼な話で恐縮だが、創業時と比べれば成長してきたとしても、その期間のマーケット成長率より自社の成長率の方が小さかった会社は、競合に負けてきたのだ。それで、本当に強みなのか?本当にうまく行ったのか?本当に顧客に喜ばれているのか?冷静かつ客観的に考えてみる必要がある。現時点で存続しているのだから、一定の顧客満足を得ていることは間違いないだろう。そこにはそれなりの成功法則、成功ノウハウがあるに違いない。だが、それは一定の環境下での、自社内だけ見た時の、限られた成功ではないだろうか。
 自社に思い入れや自信があるのは良いことだ。だが、企業経営をとりまく環境は急速かつ大きく変化している。慣れていること、経験したことばかりに頼っていては勝ち抜くことはできない。水のように柔軟になろう。
 たとえば、今年の経営方針、営業戦略は去年と同じだろうか。当然、違うのではないだろうか。方針や戦略が変わればやり方を変えなければならないはずだが、どう変化しているだろうか。
 もし、経営方針も営業戦略も去年と変わらず、同じものであるとしたら、本当にその方針や戦略に意味があるのだろうか。毎年毎年同じことしか言わないのであれば、それは方針でも戦略でもなく、理念や哲学と言うべきものであり、そう呼ぶのが恥ずかしいような内容であれば、それは単なる精神論に過ぎない。
 現場の個々の社員の仕事もルーティンな定型作業に陥っていないか再考してみる必要がある。毎度、ワンパターンのお決まり業務になっていないか。5年、10年と同じことを繰り返していないか。大企業病にならないはずの中小企業なのに、官僚組織のような前例主義、形式主義に毒されていないだろうか。
 経営は水の如くあれ。澱んだ水は腐る。

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