孫子の兵法

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孫子の兵法-勢篇 情報共有と情報伝達が不可欠

『孫子曰く、衆を治むること寡を治むるが如くするは、分数是なり。衆を闘わしむること寡を闘わしむるが如くするは、形名是なり。』

「孫子は言う。大部隊を統率するのに、小部隊を統率しているかのように整然とさせることができるのは、部隊編成と組織運営がしっかりしているからである。大部隊を戦闘させるのに、小部隊を戦闘させているかのうように統制がとれるのは、旗を立てたり、鉦を鳴らしたり、太鼓を叩くなど、合図や通信、情報伝達がうまくいっているからである。」

『三軍の衆、畢く敵に受えて敗るることなからしむ可き者は、奇正是なり。兵の加うる所、石(たん)を以て卵に投ずるが如くする者は、虚実是なり。』

「全軍のすべての兵が、敵のどのような出方に対してもことごとく対応し、負けることのないようにできるのは、(変幻自在に意表を衝く)奇法と(定石に則った)正法の使い分けが絶妙だからである。攻撃を加えようとする時に、まるで石を卵にぶつけたかのようにたやすく敵を撃破できるのは、(敵の防除が手薄な)虚に対して、(充実し豊富な兵力である)実をぶつけるからである。」

 大軍を動かす時に、小部隊を動かすように自在に動かそうと思えば、そのための組織編制と組織運営ノウハウが必要であり、さらに、旗や幟を立てたりする合図、目印など目に見えるもの、そして鉦や太鼓を叩くなど音が鳴り耳に聞こえるもの、すなわち情報共有や情報伝達の手段が必要であると孫子は説いた。
 2500年前のことで、ITなどあるわけがないのに、まるで現代のIT活用とピッタリ符合するような教えである。もちろん、やり方や道具は違う。だが、やろうとしていることは、2500年前も同じことである。組織をうまく動かそうと思えば、情報共有と情報伝達が欠かせない。これはいつの時代にも変わらない組織運営の原点であって、時代の変化によってその本質が変わることはないが、やり方や道具は変えなければならない。
 ITの活用はまさに孫子の教えである。情報活用は孫子の兵法の根幹を成すと言っても過言ではない。当時はITがなかったから、旗や幟、鉦や太鼓を使っただけであって、もし孫子の時代にインターネットや携帯電話があれば、真っ先に活用せよと説いただろう。
 もちろん、ただ道具があれば良いのではない。その使い方が適切でなければ、どんな道具であっても役に立たないのは当然のことである。だから組織編制や組織運営ノウハウが必要であることも指摘している。このことを踏まえてIT活用を考えてみよう。

 特に、中小企業においては、小さいから、人数が少ないから、大きな声を出せば聞こえるから、拠点もないから、という理由で情報共有や情報伝達を軽視していることが多い。当然それに対するIT化も遅れている。何しろ必要ないと思っているわけだから、IT投資などするわけがない。
 だが、家族経営ではなく、他人である社員が一人でも入ってきて、3人、5人となってくれば、やはりそれは組織であって、情報共有や情報伝達が必要となる。
 情報共有を現時点で存在する社員間で行うと考えずに、過去から現在、そして未来の社員間で情報を共有すると考えてみると良いだろう。現時点では社員数が10人だとしても、過去5年間の退職者をカウントしたらどうなるだろうか。今後10年間の社員の入れ替わりを考えたら何人になるだろうか。20人、30人では済まないのではないか。
 過去から現在、現在から未来へと情報を共有し伝達しなければならないものの中には、顧客との約束ややり取りも含まれる。過去の社員が約束したことだから、現在の社員は顧客との約束を反故にしていいというわけにはいくまい。仮にも会社として、組織として事業を行っている以上、社員が辞めたから後は知りませんということは言えないし、将来どうなるか分かりませんというのも無責任だろう。情報は今いる社員に伝われば良いのではなく、未来の社員にも伝わるようにしなければならない。
 こうした時間を超えた情報共有という概念がすっかり抜け落ちているというか、そもそも欠けている企業、ならびに経営者が少なくないから要注意だ。

 たとえば、私の経営するNIコンサルティングでは、10年以上前から、毎週月曜日に全社員に向けて情報伝達する「ウィークリーメッセージ」というものを書き残していて、そのすべてがデータベースに蓄積されている。
 そこに書かれている内容は、その時、その週の経営上のトピックや経営方針の説明や徹底などで、その時点で在籍している社員向けに書いているものだ。それを新しい社員が新卒にせよ中途にせよ入って来たら過去にさかのぼって読ませる。10年以上書き溜められているものだから、全部読むと結構な量があるが、これを読むと、会社の流れ、過去からの経緯が分かるようになる。今、会社でやっていること、ルールや手順なども過去の色々なトラブルや改善によって作られてきたものが多い。新しく入った人に「これはこういうルールだから、これに従って下さい」と言うよりも、過去からの経緯を踏まえ、「実は5年前にこういうトラブルがあったので、今はこのルールになっています。少し面倒だと思うかもしれませんがこのルールでお願いしますね」と伝えるのでは、受け止め方も全然違う。
 こうしたことが、過去から現在そして未来への情報共有だ。社員数が少なくても必要なことである。情報共有というのは単にみんなが同じ情報を知っているということではなく、「自分たちは何者で、どこを目指しており、今どこにいるのか」ということを共有した状態を指すと考えるべきである。そのためにこの「ウィークリーメッセージ」のような取り組みは非常に有効である。ITを使えば簡単に実現できることだから、是非取り組んでみて欲しい。

 そして情報伝達。これはタイミングを伝えるものだと考えればよいだろう。日本の戦国時代なら法螺貝を吹くことになるだろうが、鉦や太鼓、法螺貝で進撃、突撃のタイミングを伝えてやらないと組織をうまく動かすことはできない。
 これが現在では、やはりITだろう。携帯電話は全社員が持っているだろうし、パソコンも一人一台配備されていることがもはや珍しくない。出張でちょっと地方に出掛けても、今ではほとんどのホテルにネット接続環境がある。さらに街中にWiFiだなんだ、とユビキタスにつながる環境がどんどん整備されている。それだけ通信手段、伝達方法が発達し、便利になっているのに、今さら太鼓を叩いたりするわけにも行くまい。外出することが多い営業マンなどはまさにそうだ。太鼓を叩いても聞こえない・・・・・・。
 情報共有と情報伝達は2500年前から変わらない、組織運営のノウハウである。会社が大きかろうが、小さかろうが、組織として動くためには、ITをうまく活用して情報共有と情報伝達を行うべきである。

 さらに、付け加えて言うならば、奇法と正法を使い分け、虚に対して実をぶつける「奇正」「虚実」も、情報力、情報戦略、情報活用があってこそできることだと言うのも忘れてはならない。
 情報を制するものが戦いを制する。戦争は情報戦だ。これは紀元前500年でも21世紀でも変わることのない原理原則である。ITを活用する近代戦だから情報戦なのではなく、そもそも戦うためには情報が必要なのだ。そのための道具が、紀元前と現代とでは変わったに過ぎない。

正には奇 奇には正

『凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に、善く奇を出す者は窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江河(河海)の如し。』

「一般に、戦闘においては、正法によって相手と対峙し、奇法を用いて勝利を収めるものである。だから、奇法に通じた者の打つ手は天地のように無限であり、揚子江や黄河のように(大河や海のように)尽きることがない。」

『終わりて復た始まるは、日月是れなり。死して復た生ずるは、四時是れなり。声は五に過ぎざるも、五声の変は勝げて聴く可からざるなり。色は五に過ぎざるも、五色の変は勝げて観る可からざるなり。味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗む可からざるなり。戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝げて窮む可からざるなり。奇正の還りて相い生ずるは、環の端なきが如し。孰か能く之を窮めんや。』

「終わってはまた始まり、尽きることがないのは、太陽が昇っては沈み、月が満ちては欠けるようなものだ。死んではまた生き返り、果てることがないのは、四季の移り変わりのようなものだ。音(音階)は、(宮・商・角・徴・羽の)5つに過ぎないが、それらを組み合わせた調べは無限であり、すべての音楽を聴き尽くすことはできない。色は、(白・黒・青・赤・黄の)5つに過ぎないが、それが混じり合って生まれる色の変化は無限であり、すべての色を見尽くすことはできない。味覚は、(酸:すっぱさ・辛:からさ・醎:しおからさ・甘:あまさ・苦:にがみ の)5つしかないが、その組み合わせによる変化は無限であり、すべてを味わい尽くすことはできない。これらと同様に、戦い方には奇法と正法があるに過ぎないが、その奇と正の組み合わせは無限であって窮め尽くせるものではない。正から奇が生まれ、奇から正が、循環しながら生まれる様は、まるで丸い輪に端(終点)がないようなものである。誰がそのすべてを窮めることができるだろうか。」

 戦闘においては、正法によって相手と対峙し、奇法を用いて勝利を収めよと孫子は説く。奇法を編み出す者は、天地や大河や海の如く尽きることなく無限の策を持つものだ、と。相手が正で来れば、こちらは奇。相手が奇法で来れば、こちらは正法で受ける。何が正で何が奇なのかは、相手との組み合わせにもよるわけだ。
 正とは目に見える動き(有形)、奇とは目に見えない動き(無形)とする解釈もある。目に見えるもの、目に見える形、目に見える兵隊の動きだけを考えていてはダメだ。目には見えない背後にある因果関係、力関係、情報の流れや意図や狙い、そして士気などもある。
 戦略的な意図や狙いを持って作戦を立てる。その段階ではまだ無形であり奇である。実際に動けば、それが正となり、相手にも見えるようになる。すると相手はこちらの意図を推し測って、対抗しようとする。そこではまだ形がなく奇である。しかしそれが実行に移されれば目に見える形(正)となって、それによってまたこちらの動きも変わってくる。まさにこの繰り返し、正と奇は循環して尽きることがなく、その組み合わせは無限である。
 正には奇、奇には正。次の瞬間には正が奇となり、奇が正となっているかもしれない。相手の出方によって正が奇になり奇が正にもなるわけだから、常識的、固定的に考えてはならない。

 何事にも正攻法というものがある。企業経営にも正攻法、定石、セオリーがある。経営学の本を読めば書いてある。大学の先生が教えてくれる。だが、その正攻法を学び、実行しているだけでは、小さな会社は一生大きな会社には勝てない。何しろ相手も正攻法で攻めてくるわけだから、正と正でぶつかれば、より力の強い方が勝つのが道理である。相手が正攻法で来るなら、こちらは奇法、奇策で対抗しなければならない。
 業界平均などという指標も企業経営を正攻法に縛り付けてしまう恐れがある。コンピュータで自動的に分析結果が出て来るようなものを鵜呑みにしていては、ロクな経営にならない。同業他社の平均値と比べて、良いとか悪いとか言っているようでは、所詮、引き分け経営、横並び経営だ。勝つことはできない。他社と同じ経営をすれば安泰だと考えていられたのは、マーケット拡大期という恵まれた時代だったからだ。

 企業診断、経営診断などというのも同じこと。一体何と比べて診断すると言うのか。恥ずかしながら私もそうなのだが、中小企業診断士という資格を持った人がいる。その名の如く、企業を診断する人であり、企業ドクターと呼ばれたりもする。そしてこれがまさに業界平均値と比べて診断していく。平均値と比べて良い数値が出ていればOK。もし悪ければ、これが問題ですと指摘する。人間の健康診断ではないのだから、何でも平均値、何でも中間にあれば良いのではない。敵と同じことをやっていては、正に正、奇に奇を当てているようなもので、話にならない。
 だから、以前の経営コンサルタントは、経営診断、企業診断をよくやっていたけれども、今では(私は)まったくやらないし、やっても昔ほど金がとれない。私ならそんなことをしている間に独自戦略を練る。業界平均を大きく外れる経営を目指す。そもそも業界なんてものをぶち壊すことを考える。だから診断ができない。人間の身体ではないのだから、それでも問題はない。
 これが上場企業だったりしたら、いちいち経営指標などを開示しないといけないし、比率やら何やら、あれこれ分析され、口出しされて大変だ。無理して利益も出さなければならない。「あぁ、未上場会社で良かった」と思う瞬間だ。未上場・非上場なら奇策を打っても開示しなくて良いから敵にもバレない。目に見えないということはまさに奇法である。
 正攻法や常識、定石に囚われない経営にチャレンジしてみよう。平均点経営では、これからの時代を勝ち抜くことはできない。

勢いとタイミングが重要

『激水の疾くして、石を漂わすに至る者は勢なり。鷙鳥の撃ちて毀折に至る者は、節なり。是の故に善く戦う者は、其の勢は険にして、其の節は短なり。勢は弩を彍るが如く、節は機を発するが如し。』

「水の流れが激しくて岩石をも漂わせるのは、その水に勢いがあるからである。猛禽が急降下して一撃で獲物を打ち砕くのは、絶妙のタイミングだからである。したがって戦上手は、その戦闘に投入する勢いを大きく険しくし、その勢いを放出するのは一瞬の間に集中させる。勢いを蓄えるのは弩(弓)の弦を一杯に引くようなものであり、節(タイミング)とは、その引き金を引く時のようなものである。」

 普段はビクともしない岩が激流によって流されるのは、水に勢いがあるからである。水自体に岩を動かす力があるわけではない。猛禽が一撃で獲物を打ち砕くのは、絶妙なタイミングで急降下するからだ。鳥の足自体に力があるわけではない。孫子は戦いにおいて、持っている以上の力を発揮するためには、勢いとタイミングが必要だと説いた。
 企業経営においても、当然ながら勢いとタイミングが求められる。積水の計で水を満々と溜めたとしても、それを一気に決壊させるタイミングがズレたら、せっかくの積水が無駄になってしまう。
 ここでは、弩すなわち石弓の弦を引く、勢い(パワー)の蓄積と、一気に溜めた勢いを解き放つ、引き金を引く瞬間に喩えて教えてくれている。より多く、より大きな勢いを蓄積し、最適なタイミングで短時間に集中して放出する。その組み合わせが重要なのだと。
 せっかくパワーを蓄積していても、それをダラダラと長期間に渡って放出させたのでは、効果が薄い。逆に、短期間に一気に集中して動こうとしても、そもそも蓄えられたエネルギーが少なければ、大したことにはならない。

 新商品の投入や新規事業への参入は、まさに時間をかけて力を溜めた弩を一気に解き放つものだと言えるだろう。この場合、新商品、新規事業が斬新で独自性の高いものであればあるほど、タイミングが難しい。顧客の認知もなく、ニーズが潜在化している状態で、知名度の低い中小企業が新しい商材を投入すると、啓蒙や市場創造に時間がかかって息が続かないことが少なくない。かと言って、中小企業が大企業に先行されてから後追いでついて行ったのでは話にならない。ただの二番煎じだ。
マスコミにニュースリリースを投げてみたり、ホームページで紹介したりしてみて、業界初、最初に取り組んだという証拠を残しておいてから、当たりを見て、反応を探ろう。体力がないのだから、独自商品だからと意気込んでいきなり全力投入してしまうのは避けたい。もちろん、チョロチョロと小出しにするばかりでは孫子の教えに背くことになるから、様子をよく見て、イザ行くとなったら一気に力を入れる。その見極めを大切にしたい。

 たとえば、営業活動においても、タイミングを逸した無駄な努力、訪問、提案は徒労に終わることが多いから気をつけたい。徒労に終わるだけならまだしも、バカみたいに工数をかけ、何度も訪問したり、電話したりして、頑張ったにも関わらず、「二度と来るな」と顧客から拒否されるようなことになったら取り返しがつかない。上司は、ただ「顧客を回れ回れ」「新規を当たれ」と尻を叩くのではなく、押すべき時と引くべき時のタイミングを教えてやることだ。商談の匂いを嗅ぐと言っても良い。これはできない人間にはできないから、できる人が教えてやる必要がある。そのためには商談プロセスを共有し、誰がどの顧客でどのプロセスにいるのかを把握しておく必要がある。
 そこで必要となるのが「営業の見える化」だ。営業プロセスを標準化し、IT活用によってモニタリングする仕組みを作っておきたい。最適なタイミングをつかめると同時に、営業活動すべてを蓄積し、それを勢い(パワー)に変えることができるようになる。営業活動の大半は、断られたり、無駄だったり、徒労に終わったりする活動である。それがすべて蓄積されることで、次からのパワーとなる。それができるのはITがあるからだ。情報の再利用がしやすくなったから、蓄積する価値が高まった。紙媒体であれば、情報をいくら蓄積しても、再利用がうまくできない。少なくともタイミングよく再利用するということが難しい。溜めるだけで再利用しないのであれば、溜める意味がないのは当然のことだ。
 私が「ITをもっと活用して営業活動を効率よくするべきですよ」と言うと、「紙にも情報を残さない営業マンがわざわざITに情報を入力するわけがない」と反論する人がいる。これは情報の扱い方を知らない人である。紙だと書きやすくて、ITだと面倒くさいという20年前にはじめてコンピュータに触った時の印象を未だに引き摺っているような人だ。  紙だと書いても後で利用することもなく、無駄になるから書かないのであって、後で使える、役に立つと思えば情報を残しておくのは当然のことなのだ。
 こうした「営業の見える化」ができるようになると、あなたの会社の営業部門に「勢」と「節」が備わることになる。

慢心を捨て利によって客を動かす

『乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。治乱は数なり。勇怯は勢なり。強弱は形なり。』

「混乱は整然と統治された状態から生まれ、臆病さは勇気の中から生まれ、弱みは強みから生まれるものである。乱れるか治まるかは、組織編制(分数)の問題である。兵士が尻ごみするか勇敢になるかは、勢いの問題である。強みとなるか弱みとなるかは、軍の置かれた態勢や軍形による。」

『故に、善く敵を動かす者は、之に形すれば敵必ず之に従い、之に予うれば敵必ず之を取る。利を以て之を動かし、卒を以て之を待つ。』

「そこで、巧妙に敵軍を動かす指揮官は、敵が動かざるを得ないような態勢を作って、思うように敵を動かし、敵の利益になるようなエサをちらつかせて、これを得ようとする敵をまた意のままに動かす。すなわち、相手の利によって相手を動かし、知らずに動く敵を準備して待ち受けるのである。」

 孫子は、治乱、勇怯、強弱は、固定的なものではなく常に入れ替わり、そしてあくまでも相対的なものであって、絶対的なものではないと指摘した。安心したり、慢心したり、油断していてはいけない。陽極陰転。陰極陽転。その時のポイントが「数」「勢」「形」である。「数」は、分数のことで組織編制や組織運営ノウハウを言う。そしてそれを動かす時の勢いが「勢」。同じ人、同じ組織でも、勢いがある時とない時ではパフォーマンスが全然違う。そしてそれがプラスに働くかマイナスに働くか、強みとして生かされるか、弱みになってしまうかは、その軍形、態勢、敵味方の配置(ポジショニング)による。これが「形」。
 経営に置き換えて考えれば、うまく行っている時、儲かっている時、伸びている時こそ要注意、と言えるだろう。ちょっと売上が伸び、ちょっと利益が出たからと言って調子に乗って「俺はスゴ腕経営者だ」なんて過信して、経営のことは何でも分かったつもりになったりするのが良くない。この慢心によって企業成長が止まり、衰退への一歩を踏み出すこととなる。
 特に、中小企業がちょっと売上を伸ばした、ちょっと利益が出たくらいでいい気になっていてはならない。そもそも元が小さいのだ。元がダメだっただけで、それが多少マシになっただけかもしれない。それまで利益も出なかった会社が、ちょっと利益が出るようになると「税金を払うよりは経費を使った方がいい」などとどこかから入れ知恵されて、無駄な経費を使うようになる。「どうせ半分は税金だから」などと自分を甘やかす言葉だけはしっかり頭に入れて、キャッシュを社外に流出させていく。これが良くない。節税(脱税はダメよ)にはなっても、金が減っていることには違いがない。
 オマケに気が大きくなって、夜の街に繰り出せば、金を遣うほど丁重に扱われ、「○○様ようこそ」と名前も覚えられるようになる。これでますます自信過剰になって、横柄な態度もとり始める。夜の街のプロたちは、上手に気分を盛り上げてくれるから困ったものだ。(楽しいけど・・・)
 中小企業の経営者には、株価(株主)のプレッシャーもなく、叱ってくれる人、お目付け役もいないから、お山の大将になりやすい。特に気をつけて欲しい。
 また、中小企業のトップ営業マンも困りものだったりする。そもそもライバルの数が少ないし、レベルが低い営業マンの中で一番になったからと言って、本当に営業力があるわけではない。周りにいる営業マンがダメなだけかもしれないのに、自信過剰になって、何でも分かったつもりになってしまうのがまずい。成長が止まってしまう。せっかく能力があっても活かされないことになる。
 分かったつもりの営業マンは、時流の変化、環境変化に適応できない。顧客が変化していること、マーケットが変質していること、新商品や新チャネルが拡がっていることになかなか合わせられない。ついつい「俺には俺のやり方がある」とかつての成功体験に縛られて、新しい取り組みにも否定的な態度をとり始める。そうなると、せっかく優秀な人でありながら、組織のガンになってしまう。なまじ力があるから、余計に害が大きい。

 そして、敵味方の駆け引きにおいて、孫子は、敵が動かざるを得ないような態勢に追い込めばそのように動くし、敵の利益になるようなエサを撒けばそれを得ようとする敵は思うように動くものだと説いた。要するに相手の利は何かをつかむことで、先回りして待てば良いということだ。
 企業経営においては、常に顧客の視点を持って自社の事業を組み立てるということだと考えれば良いだろう。顧客の利を知るということだ。顧客はそもそも何を自社に求めているのか。そこから考えてみよう。顧客の利と言うと、すぐに「安ければいい」と答える人がいるが、これではダメ。もちろん安いに越したことはないのだが、まず顧客の求めるものがあって、それを実現するなり手に入れるために、安ければいいのであって、安いことが求めていることではない。顧客の求めているもの、利が明確になった後で、やはり低価格化に対する要望が大きいということであれば、そこで安くするためにはどうするかを考える。
 こうした思考を地図にしてみることをおすすめする。「戦略マップ」「可視化マップ」と呼ばれる戦略の地図だ。このマップには、「顧客の視点」という領域が必ず含まれる。自社の売上目標や利益目標を実現するために、顧客の立場、顧客の視点から見て、どういう価値が実現されれば良いか、どういう利点があれば良いのかを明確にする。
 「顧客の視点」が明確になれば、それをどうやったら実現できるのかを「業務プロセスの視点」として整理する。これは自社でやることだ。
 まず、「財務の視点」として、売上や利益の目標を設定する。「売上目標○○億円」というものだ。これで終わり、という企業も少なくないから気をつけよう。単なる売上目標などお題目に過ぎない。
 財務的な、要するに数値で表す目標を実現するためにはどうすれば良いのかを考える。すると、多くの企業はいきなり自社が努力すること、取り組むことを考えようとする。だがこれだと、自社都合、自社商品の押し売り、ゴリ押しになりかねないし、結局過去からの延長で「頑張ろう」という掛け声をかけることにしかならない。
 そこで二番目には「顧客の視点」が入る。顧客の立場に立って、どういう価値が提供されれば、その売上なり利益なりを自社に認めて下さるのか、を考える。「安ければいい」「近いからいい」「フットワークが軽いからいい」という「安い、近い、早い」で終わったら、下請け体質の会社にしかなれない。これでは戦略も何も必要なくなって、こんなことを考えている暇があったら仕事をせよ、となるので要注意だ。実際には、こういう精神論的な意見ばかりが出てくる企業が少なくない。気をつけよう。
 そして三番目に、「業務プロセスの視点」だ。どうすれば実現できるのか、自社にどのような業務プロセスが回れば価値提供が可能なのかを考える。ここがきちんとできれば、「安い、近い、早い」が価値になる場合もあるから、よく吟味して欲しい。気合と根性ではダメということ。もちろん社員個々人の努力に頼った属人的な策も長続きしないからダメだ。
 四番目に、「人材と変革の視点」というものが入る。ここで人の問題や組織体制、教育などが検討される。理想を語るのは簡単だが、実際に実行、実現していくのは個々の社員である。社員のレベルアップや教育や体制作りも考えなければ、絵に描いた餅になってしまう。
 このマップを、20年後、5年後、1年後と時間軸で切って3つのバージョンを作ったものを「可視化マップ」と呼ぶ。自社の戦略を「見える化」する取り組みだ。そこに顧客の利を考える視点を入れ込んであることが重要なのだ。
 顧客の利から発想し、その利を実現して見せることで、顧客はその利をとる。それによって実は、こちらの思うように顧客を動かせるようになるのだ。これが孫子の兵法である。単なるCS(顧客満足)経営とは違う。

勢いを作り出せ

『故に、善く戦う者は、之を勢に求め、人に責めず。故に能く人を択びて勢に任ず。勢に任ずる者の、其の人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。木石の性は、安ければ則ち静まり、危うければ則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。故に善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仭の山に転ずるが如き者は、勢なり。』

「したがって、戦いに巧みな指導者は、戦闘における勢いによって勝利を得ようとし、兵士の個人的な力に頼ろうとはしない。だから適切な人を選び出し、勢いを生むように人員配置ができるのだ。戦場での勢いを巧みに利用する指導者が、兵士たちを戦わせる様は、まるで木や石を坂道に転落させるようなものである。木や石の性質は、平らな場所に安定していれば静止しているが、傾いた場所では動きやすい。方形であれば止まっているが、円形であれば動き出す。したがって、兵士たちを巧みに戦わせる勢いとは、丸い石を千仭の(高い)山から転げ落としたように仕向けることであり、これが戦いの勢いというものである。」

 優れたリーダーは、組織全体の勢いを生み出すことによって勝利し、決して「あいつが悪い、こいつのせいだ」と人のせいにしたりしない。耳の痛い経営者やマネージャーも少なくないのではないか。私も耳が痛いが、孫子の教えである。素直に聞こう。
 つい社員や部下に対して「あいつのせいで・・・、こいつが・・・だから」と文句を言いたくなるし、逆に「彼のおかげで、彼女の努力で」と嬉しくなって安易に評価し、「あとは任せた!」とやってしまうこともある。だが、これではリーダー失格なのだ。
 仮に、人の3倍は売ってくるスゴ腕営業マンがいたとしよう。他の営業マンが苦戦して目標未達なのに、軽く予算オーバーしてくれて、売れない営業マンの3倍は売上げてくる。こういう営業マンがいてくれると助かる。「○○君はさすがだな。君のおかげで助かっているよ」と声をかけたくなるし、昇進も早くなるだろう。課長となり、部長となり、最後には「営業は君に任せた」となる。
 しかし、物事はそううまくはいかない。成果を出し、役職もつけば、社内での発言力も増し、ついには「俺がこの会社を支えている」「俺がいないとこの会社はダメだ」と言いはじめたりするものだ。それが責任感となってプラスに現れるなら良いが、「俺がいなければ困るだろうから、社長も俺には文句は言えまい」と慢心し、好き勝手なことをやり出すことも少なくない。ヘタに力があるものだから社内への影響力も大きいし、周囲に取り巻きを作ってしまったりもする。
 そんな調子でいるところに、経営者と意見対立したりすると「こんな会社辞めてやる」となって、場合によっては部下も顧客も引き連れて辞めていったりするものだ。それに対して「あいつは恩知らずだ」「裏切った」などと文句を言ってもはじまらない。そういう人間を非難したい気持ちは良く分かるが、その人間を信用して「君に任せた」なんて言ったのは自分であり、慢心、傲慢を助長させたのは自分なのだ・・・。
 優秀な社員がいたとすれば、その頑張りには感謝し、成果には報いよう。昇進させても良い。しかしそれで安心せずに、その社員がいてくれる間に、いついなくなっても良いように組織として体制を作ることを考えなければ、経営者とは呼べない。社員が一人退職したから経営が成り立たなくなったとか、部下が一人いなくなったから組織が回らないなどと言うことでは、リーダー失格であり、そんなリーダーであれば不要である。
 孫子は、角ばった石も、丸い石も同じように坂道から転げ落とす勢いを作り出せと説いた。丸い石だから転び、角ばった石だから転ばないというのではダメなのだ。動きの悪い人材、多少ダメ社員であっても、組織全体としての勢いに飲まれて活躍するくらいでなければならない。「あいつがもうちょっと丸くて頑張ってくれれば・・・」と泣き言を言っていても会社は良くならない。
 特に中小企業には、「うちの社員はレベルが低いから」とか「うちみたいな中小企業にはロクな人材が来ない」などと社員の能力の無さを嘆く経営者が少なくない。だが、大企業であっても完璧な人材などいないし、そもそも優秀な人材が、そんな泣き言ばかり言っている経営者の下で働いてくれるわけがないのだから、今いる人材が自社に合った人材なのだと考えて、その人たちを活かすことを考えるべきである。
 ボケーッとした社員も、周りが頑張っているからついつい頑張っちゃいました・・・となるような組織の勢いが欲しい。ボヤーッとした社員も、決められた手順で、標準パターンの仕事をしていけばソコソコ成果が出るような仕組みやシカケを作ることを考えたい。
 逆にどんなに優秀な社員がいたとしても、相手は生身の人間であり、病気になることも、事故に遭うことも、死んでしまうこともあるし、慢心や嫉妬心や我欲を必ず持っていて、辞めることも、不貞腐れることも、裏切ることもあるものだと考えておかなければならない。
 属人的能力に頼った成果は組織全体を弱体化させ、組織全体の勢いを殺してしまう可能性を孕んでいることを決して忘れてはならない。

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