孫子の兵法

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 一般的に、孫子の解説書では、第十二章に火攻篇を置き、第十三章に用間篇を置いているが、より古い残存資料である竹簡本の篇目では、用間篇を十二番目に、火攻篇を十三番目としており、「火攻篇は孫子全体を締めくくるにふさわしい内容を備えているから、それが本来の体裁であったと思われる」とする、浅野裕一氏の説(浅野裕一著「孫子」講談社学術文庫)に私も同感である。
 そもそも、孫子兵法家としては、篇の順番などどうでも良く、2500年前の孫子が何を言いたかったのかが分かれば良いのだが、内容的に、火攻篇が全篇の締めにふさわしいし、諜報活動、情報の重要性を説く用間篇が、火攻篇の後に来て、付け足しのオマケの章のように扱われることにも納得がいかない。
 ということで、十二章に用間篇、最終章に火攻篇と並べた。ご了承いただきたい。

孫子の兵法-用間篇 人により敵の情報をつかむ先知

『孫子曰く、凡そ師を興すこと十万、師を出だすこと千里なれば、百姓の費、公家の奉、日に千金を費やし、内外騒動して、道路に怠れ、事を操るを得ざる者、七十万家。相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛みて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。民の将に非ざるなり。主の佐に非ざるなり。勝の主に非ざるなり。
故に明主・賢将の動きて人に勝ち、成功の衆に出づる所以の者は先知なり。先知なる者は、鬼神に取る可からず。事に象る可からず。度に験す可からず。必ず人に取りて敵の情を知る者なり。』

「孫子は言う。およそ10万の兵を集め、千里もの距離を遠征させるとなれば、民衆の出費や国による戦費は、一日にして千金をも費やすほどになり、官民挙げての騒ぎとなって、補給路の確保と使役に消耗し、農事に専念できない家が七十万戸にも達する。こうした中で数年にも及ぶ持久戦によって戦費を浪費しながら、勝敗を決する最後の一日に備えることがある。(数年にも及ぶ戦争準備が、たった一日の決戦によって成否を分ける)にもかかわらず、間諜に褒賞や地位を与えることを惜しんで、敵の動きをつかもうとしない者は、兵士や人民に対する思いやりにかけており、指揮官失格である。そんなことではとても人民を率いる将軍とは言えず、君主の補佐役とも言えず、勝利の主体者ともなり得ない。
こうしたことで、聡明な君主や優れた将軍が、軍事行動を起こして敵に勝ち、人並み以上の成功を収めることができるのは、事前に敵情を察知するところにこそあるのだ。先んじて敵情を知ることは、鬼神に頼ったりして実現できるものではなく、祈祷や過去の経験で知ることができるものでもなく、天体の動きや自然の法則によってつかむわけでもない。必ず人間が直接動いて情報をつかむことによってのみ獲得できるものである。」

 何年にも渡って敵国とにらみ合うようなことになれば、戦費も莫大だ。だが、その勝敗を分ける決戦は一日で終わる。川中島の決戦も、天下分け目の関ヶ原も、せいぜい半日程度。そこで負ければ、すべての努力はその時点で水泡に帰す。そこで重要になるのが敵国の情報を、スパイ(間諜)を使って収集すること。敵方への調略、情報流布活動(プロパガンダ)なども必要だろう。何しろ、決戦時に失敗が許されないからだ。そのスパイに払う褒賞をケチって敵の情報を収集しない将軍が、もしいたとしたら、指揮官失格であると、孫子は断じる。節約した金は、莫大な戦費の中ではほんのわずかな金に過ぎないからだ。それをケチって、比較にならないほどの大金を失い、国まで滅びるようなことになれば、リーダー失格であると言われても文句は言えない。
 それも「不仁の至り」という厳しい指摘。仁がないことの最低点。戦争が、人民の労苦、艱難、兵たちの命懸けの奮戦に支えられているということへの思いの至らなさ。せっかく皆が苦労してくれているのに、それを活かせないリーダーとは、何のためのリーダーか。
 残念ながら、現代の企業経営者にもそうした人がいる。コストダウンのための投資は、投資効果が測りやすいから意思決定がしやすい。1億かかろうと、5億のコストダウンが見込めるのであれば、どう考えても1億投資した方がいいじゃないかとなる。
 だが、新規事業投資、攻めの投資は、やってみなければ分からない。間諜を送り込んでも戦勝につながる情報が取れるかどうかはやってみないと分からない、というのと同じ。事前に成果の確約はできない。
 たとえば、現代の企業経営における間諜に相当する営業マン、営業活動への攻めの投資は、これもまた投資効果がやってみなければ分からない面があるので、わずかな金額にもシビアになる経営者が多い。成果が不確定なのだから、慎重になる気持ちは分からなくはないが、そもそも大金が費やされていることに思いが至らないのは、残念なことだ。
 具体的に、営業マンの営業力を強化するためのIT投資を考えてみよう。
 若手の営業マンでも一人雇っていれば、大した給与額ではなくても、賞与や福利厚生、活動費(交通費や通信費)などを考えれば、月額50万円程度はコスト負担している。その営業マンの生産性を上げて成果を増やすために、たとえば月に5千円のコストで営業支援システム電子秘書と言ってもいいし、SFAと言ってもいい)を導入するとすると、すでに投下している50万円に対して1%の追加投資だ。この1%、5千円をケチる人や企業がある。月額50万円を投下している営業マンがバンバン成果を挙げていて改善の必要もないならいいが、その生産性を上げ、営業活動の質を高めるための追加投資である5千円をケチって元の50万円の生産性が低いままだと、その方が損ではないかと思うが、いかがだろうか。たしかに5千円の追加コストだけを見れば、ケチりたくもなるだろう。誰も黙って5千円はくれない。だが、すでに50万円のコストがかかっているということを忘れてはならない。間諜への褒賞に気をとられ、そもそも戦費に莫大な額を費やしていることを忘れるのと同じようなことだ。
 営業マンはマーケットに出て、顧客の情報や競合の情報を収集してくる、まさに現代の間諜である。営業活動においても、企業経営全般においても、勝負の鍵は情報だ。マーケット情報、顧客ニーズ情報、競合情報などによって、打つべき手も変わってくる。その情報収集のための、たった1%の追加コストをケチるのは、「不仁の至り」と言われることになるのではないか。
 もし、どうしてもその1%の追加投資ができない程、困窮し明日をも知れない経営状況なのであれば、最も成果の出ていない、一番低迷している営業マン一人に事情を話して辞めてもらってはどうか。それほど経営が行き詰まっているなら理解してくれるだろう。それで50万円浮くから、その他の100人にIT武装の投資ができる。追加コストゼロだ。本当に困っていて、それをどうにかしたいと考えるなら、そうした決断も必要だろう。そもそも金に困っているくらいなのだから、一人減っても、100人の生産性が上がれば多少は業績も改善され、充分元は取れるだろう。そうした、シビアな判断も、努力もせずに「厳しい」「苦しい」「成果が見えない」と言うばかりでは、やはり「不仁の至り」と言われることになる。
 何しろ、優れたリーダーが人並み以上の成果を収めるのは、能力や知力ではなく、事前に敵情を知る「先知」なのだ。そのための間諜であり、企業で言えば営業マンだ。孫子の教えに耳を傾けよう。
 孫子は、2500年も前に、決して、神仏に頼ったり、祈祷や占いで知るのではなく、人間が直接動いて情報をつかむことによって、先に知るべきだと説いた。2500年も前の孫子が祈祷や占いで決めたり、神仏に頼ったりするなと言っているのに、21世紀に生きる我々が、運勢や神頼み、仏頼みになったり、気合と根性と誠心誠意で乗り切ろうとするのではまずいだろう。情報もないのに、ただ訪問件数を増やせ、電話本数を増やせと尻を叩くのも、無駄なコストばかりかかって大した成果にはならない。
 勝つためには情報収集しなければならない。顧客の情報、競合の情報、世の中のトレンド、自社の活動状況などの情報を地道に集め、それらを分析して、どう動くべきかを考える。その情報も鮮度の高い情報が求められるし、その情報によって先手を打つことができるようになる。
 たとえば、営業活動、売上創出活動においては、「先知先行管理」が必須である。先々の売上や受注を見通しながら、先手を打っていく。当月も月末近くなってから、当月の売上を何とかしようともがいてもどうにもならない。先に情報をつかみ、先手を打って行く。自社の商談期間や納品リードタイムなどを見て、先々への仕込みをする。
 そうすると、取れるべくして取れる受注もあるし、棚ボタでもらえる受注もあることが分かる。もちろん、取れると思っていたのに失注してしまうものもある。それをつかむの(先知)が、明主・賢将である。
 その際に、結果オーライを良しとしないことが重要。売上が伸び、目標をクリアしたからと言って、その中身が棚ボタばかりであれば問題であるし、受注できるものを取れないと思っていたとしたら、それも問題だ。そこにはやはり顧客の情報なり競合の情報なりに不足があったり、読み間違いがあったり、推察違いがあるということだ。先知ができていないのだから、それはなぜか、どこを読み間違ったのか、と振り返り、予測の精度を上げていかなければならない。
 あくまでも結果管理ではなく「先知先行管理」。先を読み、取れるべくして取れるのが正しい。それを取れるか取れないか、売れるか売れないか、やってみなければ分からないのだと思うから、最後は神頼み、気合と根性と誠心誠意で何とかしようとなり、最後は「お願いお願い」の泣き落としとなる。
 そんな仕事で良いと思っていると、景気が良い時には売上が上がり、景気が悪ければ売上が下がる、ということに甘んじることになる。ハッキリ言おう。それでいいなら経営者など要らないのだ。

間諜に五種類あり

『故に間を用うるに五有り。因間有り。内間有り。反間有り。死間有り。生間有り。五間倶に起こりて、其の道を知ること莫し、是を神紀と謂う。人君の宝なり。
生間なる者は、反り報ずる者なり。因間なる者は、其の郷人に因りて用うる者なり。内間なる者は、其の官人に因りて用うるなり。反間なる者は、其の敵間に因りて用うる者なり。死間なる者は、誑事を外に為し、吾が間をして之を知ら令め、而して敵を待つ者なり。』

「そこで間諜には5つの用い方がある。因間、内間、反間、死間、生間である。この5つの間諜が一斉に動いてそれぞれが活動していながら、その手口や動きを知られることがないというのを、神紀すなわち神業と言う。君主の宝とも言うべき存在である。
生間というのは、敵国に侵入して諜報活動を行ってから生還して報告を行う者である。因間(郷間とも)というのは、敵国の村里にいる一般人を使って諜報をする者である。内間というのは、敵国の官吏などを利用し内通させる者である。反間というのは、敵国の間諜を逆利用する者である。死間というのは、偽情報や誤情報を流すことで敵を欺き、味方の間諜にそのことを自国に報告させ、敵がその偽情報に乗せられて動くのを待ち受ける者である。」

 ここで、孫子は、間諜に5種類あることを示す。五間である。ただ間諜と言っても、皆が同じ動きをするわけではないのだ。因間とは郷間とも言う。意味は同じ。死間が少し分かり辛いかもしれないが、敵国内部に侵入し、偽情報を流す欺瞞工作をするためには、自国に怨恨なり特別な事情があって裏切って来たなどの話を信じてもらう必要があるために、自国側にも死間として侵入していることを知らせないわけだ。いざ敵国で情報を流した場合も、敵国から来た人間の言うことだから、貴重な情報が得られたと考えるのと同時に、騙されている可能性も残る。そこでその情報に基づいて行動を起こした際には、その情報の真偽が明らかになるまで拘束され、虚偽であったことが分かった時点で処刑されることになる。反間として利用されてしまう可能性はあるが、当初の計画通り事が進めば、必ず死ぬ運命にあるために死間と呼ぶのである。
 こうした諜報活動は、その秘密が漏れないことが重要となる。だから、五間それぞれが活動していても、それぞれのことを知ることもなく、諜報活動の全体も人に知られることはないようにする。それができるのは神業だと言うわけである。個々の間諜が秘密を守るのはもちろんであり、そうした間諜を使いこなす側は、さらにどういう間諜を使っているのか、そこからどういう情報を得ているのかも漏らすことはできない。そうした存在がいれば、国主、君主にとってまさに宝である。
 とはいえ、経営兵法解釈で違法な情報操作や特殊工作、命がけのスパイ活動を奨励するわけにはいかないから、現代企業における間諜である営業マンに置き換えて、この五間を考えてみよう。
 現代の営業マンの諜報活動にも五間がある。
 因間(郷間)―― 顧客の身近、周辺にいる人間を利用する諜報活動
   近所の人、親族、出入りしている人、取引業者、口コミの評判
 内間 ―― 顧客の内部にいる人間をスパイにする
   客先で内部情報を聞き出す、秘書・受付と仲良くなる、家族
 反間 ―― 敵のスパイを利用する こちらのスパイにしてしまう
   競合の営業マンと親しくなり情報を聞き出す、自社に転職の誘いをしてみる、
   軽くニセ情報を流してみる
 死間 ―― 死ぬ(失注)からこそ聞ける情報をとってくる
   失注した時にこそ聞ける本音情報をとる、
   失注してもそこで終わらずに伝えるべき情報を伝えてリベンジに備える
 生間 ―― 一度で終わらず二度三度と諜報活動を繰り返す
   受注したら更に突っ込んで色々と裏情報、内部情報を聞き出す
   その情報は蓄積し、今後の取引に備える

 営業活動が諜報活動に相当すると思えば、いろいろと工夫する余地があるはずだ。営業マンはモノ売りではなく、情報の力で人を動かす人でなければならない。情報と言っても、インフォメーションではなく、インテリジェンス。まさに諜報であり、それが孫子の兵法を現代の営業活動に応用する時の重要ポイントである。
 したがって、営業活動は、顧客へのプロパガンダとも言えるし、情報リークとも捉えることができる。顧客に適時適切な情報を流すことによって、顧客の判断軸を作り、またそれを変えて行くのだ。人は見ようと思ったものを見、聞こうとしたものを聞く。いきなり商品の説明や売り込みを行うのではなく、予め、その商品を正しく判断できるようにするための情報を流してあげて、判断軸や評価尺度を作ってあげることが必要なのだ。

情報の価値を汲み取り漏洩は決して許さない

『故に三軍の親は、間より親しきは莫く、賞は間より厚きは莫く、事は間より密なるは莫し。聖(智)に非ざれば間を用うること能わず。仁(義)に非ざれば間を使うこと能わず。微妙に非ざれば間の実を得ること能わず。密なるかな密なるかな。間を用いざる所なし。間の事未だ発せず、而して先ず聞こゆれば、間と告ぐる所の者と、皆死す。』

「したがって、全軍の中でも親密度において、間諜よりも親密な者はなく、褒賞も間諜より厚遇される者はなく、軍務において間諜よりも秘密裏に進められるものはない。聡明で思慮深くなければ、間諜を諜報活動に当らせることはできないし、思いやりや慈悲の心がなければ、間諜をうまく使うことはできない。また、微細なところまで配慮のできる洞察力がなければ、間諜から集めた情報の中にある真実を見極め実地に用いることができない。なんと奥深く、見えづらく、微細・微妙なものであるか。軍事において間諜を使わないことも、諜報した情報を活用しないこともない。間諜の情報が公表される前に他から耳に入り、間諜が情報を漏らしていたとなると、その間諜本人だけでなく、その情報を知った者はすべて殺してしまわなければならない。」

 命懸けで機密情報を集め、決してその情報を口外しない間諜という存在は、国主や将軍にとって掛け替えのないものだっただろう。命までは取らない現代のビジネスで置き換えて考えてみても、なかなかそういう人には出会えない。仕事ができる優秀な人は、ついつい自慢話が多くなるし、信頼して秘密情報を教えたりしたら、これをまたうまく利用して周囲を動かそうとしたりする。困ったものだ。 仕事ができない中途半端な人は、ヒマなのもあるのかもしれないが、裏で噂話や愚痴を言い合う。余計な作り話までし始めたら、まさに情報を使った害悪でしかなくなる。いずれにしても口の堅い、安心して秘密情報を話せる人は滅多にいない。滅多にいないわけだから、そういう人材がいれば、いろいろと内密な話もし、厚遇するのも当然だろう。事業戦略や人事情報など重要な情報になればなるほど、その人にしか話せなくなる。
 さらにそれが戦時においては命懸けとなる。孫子は命まで投げ打って忠誠を尽くしてくれる間諜(スパイ)をうまく使うには、聡明で思慮深く思いやりがあって慈悲の心を持っていなければならず、間諜が集めてきた情報を活用するためには、微細なところまで配慮できる洞察力がなければならないと説いた。それはそうだろう。
 危険を顧みず、敵国に侵入し、何年もかけて情報を収集するような諜報活動をさせるためには、間諜が優秀な人材であることはもちろんだが、依頼する側に余程人間的な力や魅力がなければならない。そして、個々の間諜が伝えてくる情報は個別、断片情報に過ぎないから、それらを統合し、その因果を読んで、隠れている真実をつかむ洞察力がなければ、せっかくの情報も役には立たない。
 同じことが現代の企業経営者にも言えるだろう。命までかけているわけではないから、多少は孫子も許してくれるだろうが、人生をかけ、キャリアをかけて仕事をするなら、それ相応の人と仕事をしたいと考えるのが普通である。「報酬を払っているのだから、黙って言うことを聞け」という態度、姿勢では人は動いてくれない。2500年前ですらそうなのだ。気に入らなければ斬って捨てても許される時代であっても、人を使うリーダーには多くの要件が求められた。このことを現代の経営者は忘れてはなるまい。
 ここで、リーダーとしての条件である、「智信仁勇厳」に加えて「聖」というキーワードが追加される。聖人とはまさに人知を超えた神なる存在とも言うべきか。なかなかハードルは高い。
 そして現場に出て集めてきた情報から真実を読み取る洞察力と論理力。たとえば営業マンや顧客対応窓口が顧客から収集してくる情報は、貴重なマーケット情報ではあるけれども、断片情報であり、主観が混じっていたり、誤解があったりして、そのまま鵜呑みにはできない情報も多いだろう。真偽も定かではないから、裏もとらないといけない。個々の情報は点に過ぎない。
 それをリーダーは、点をつなげて線にして、線を面にする。その面も表から裏から見て、過去から現在の積み重ねを見て、そこから未来へと延長する推察や論理も必要となる。
 こうした情報の裏にある因果や背景、真実を読み取って、何らかの意思決定を下さなければ、せっかく集めた情報も成果には結び付かない。ただ集めたデータを見て「あれが悪い」「これが悪い」と言っているだけでは何の意味もない。なぜそうなっているのか、その真因はどこにあるのか、どうすればその真因を取り除くことができるのか、までつかんで手を打ってこそ、情報を分析したと言えるし、インフォメーションからインテリジェンスへの昇華がなされたと言えるだろう。
 こうした情報活用はなかなか難しいし、やろうとしても、すぐにできるものではない。ではどうするか。ヒントをお教えしよう。 現場の社員(営業マン、諜報マン、現場の人間はすべて情報をもたらしてくれる間諜である)に、事実だけでなく感じたことを添えて伝えてもらう。その場で感じた実感を添えてもらうことで単なるデータや事実が、温度感のある生々しい情報となる。経営者には、その情を汲み取る思いやりや慈悲の心があれば良い。
 そしてその情報を重ね合わせ、時系列に並べてみて、その裏にある流れを読み取る。一時点では読み取れなかった事が、時系列に追いかけてみると見えてくることがある。理科の観察が一度見て終わりではなく、観察記録をとって時系列に追いかけるのと同じことだ。
 営業担当者や顧客対応窓口がせっかく収集した顧客の声やマーケット反応も、その価値をとらえて企業経営に活かすマネージャーや経営者がいなければ、ただのゴミ情報と化してしまう。気を付けよう。情報活用とはIT活用とは違う。読み取る人間の側の問題なのだ。
 そうした情報活用、諜報活動、インテリジェンスにおいて、決して忘れてはならないのが、情報セキュリティである。情報に価値があればあるほど、その扱いは慎重でなければならない。その情報が命懸けで得たものであれば、その情報を消したり、漏洩したり、悪用する者もまた、命懸けで償ってもらわなければならない。
 現代の企業においても、情報がますます重要になっていることは、誰しもが認めるところだろう。IT活用がイクオール情報活用ではないが、ITの進化と普及によって、情報活用がより大規模になり、より深く、より甚大な力を持つようになったことは間違いない。ビッグデータといったIT業界の都合の良い商売ネタ作りのIT用語に踊らされる必要はないが、ITの演算能力の飛躍的な進歩によって、これまで扱えなかったほどの大量データを処理できるようになったという事実は無視できない。
 そうした中で、現代の企業においても、情報漏洩そのものや、その漏洩を見て見ぬふりをするような行為を絶対に許してはならない。社内の機密情報も当然だが、顧客情報や顧客とのやり取りが記録された商談情報などは、漏洩すれば会社として大きな信用失墜となる。そればかりでなく場合によっては損害賠償なども要求されることになるわけで、決して甘い対応をしていてはいけない。
 現に、情報漏洩によって多大な補償料を支払うことになり、顧客からの信頼も大きく失墜させて、客離れが止まらない・・・といった例がある。どことは書かないが、いくつか思い浮かぶはずだ。
 サイバーテロなどもあるから、技術的に情報を守ることもしていかないといけないが、難しいのは人為的な漏洩だ。悪意を持って意図的に情報を抜こうとする人間が一番危ない。
 そのためには、九地篇で解説した「全個一如」をしっかり理解させておくこと。「自分さえ良ければ会社はどうなっても良い」という価値観が、情報漏洩を生む。「隣の同僚が何をやっても自分には関係ない」という価値観が、見て見ぬふりを生む。もし情報漏洩などが起こって、会社にダメージがあれば、全社員が他人事ではいられないのだ。もし自分の同僚が何かしでかせば、自分も「同じ穴のムジナ」と見られかねないのだ。そういう現実も共有しておかなければ、勝敗を決する鍵である情報を扱うことはできないし、扱わせてはならない。
 一般には内部、同じ社内の人間は、「全個一如」を知らなくても何となく理解している。会社にひどいダメージがあれば、そこに属する自分にもマイナスの影響があるくらいのことは誰でも想像がつく。そこで、特に警戒しなければならないのが、内部ではない内部の人、内部から出て行こうとしている人、すなわち社内で社員と同じように仕事をしているけれども実は外部の業者の人間だったとか、派遣で短期的に働いているだけとか、もうすぐ退職する予定もしくはそのつもりである、という人間である。某企業での情報漏洩は、社員が退職間近に顧客情報を抜き出した・・・。某企業での情報漏洩は、業務委託していた子会社に派遣で来ていた技術者が顧客情報を抜き出して名簿業者に売っていた・・・。
 アウトソーシングの時代でもあるので、外部の事業者や人間を一切使わないことは難しいだろうが、「内部にいる外部の人間」が情報を扱うことにはより慎重であって欲しい。
 情報漏洩させない一番良い方法は、そもそも社員にも顧客情報などを一切見せないことなのだが、それでは営業活動もできないし、顧客からの問い合わせにも答えることができない。社員には顧客情報を開示するしかないことになる。
 そこでITを活用する。ITによって顧客情報を共有すると、余計漏洩の危険があるのではないかと心配する企業も多いが、紙に書いてある情報であっても流出の危険はあるわけで、ITだから漏洩するということはない。ただ、大量のデータを抜き取ったりするようなことが懸念されるので、それについてはきちんと対応しておくこと。IDやパスワードの管理などは当然だが、たとえば、あなたの会社にはアクセスログを取る仕組みはあるだろうか。誰がいつ、どこからどの情報にアクセスしたのかという記録を残す機能だ。社外流出してはならないような情報はこうした機能で保護しておく。
 事前に、社員に対してアクセスログを取る仕組みになっていることを伝達しておくこと。これをやっておかないと、事後対策にしかならず、意味がない。先に教えておくから抑止力が働く。情報を活用して仕事もしたいわけだから、情報へのアクセスを完全に塞ぐことはできないが、アクセスした記録を残すことで不正な操作や漏洩を抑止する。これができるのもITの力だ。
 抑止するだけでは心配な企業もあるだろう。そうした場合にはアクセス制御をかけて、人により、部署により、役職によって、アクセスできる情報とそうでない情報の設定を行う。こうしたきめ細かい制御もITのおかげだが、役職が高くても、長年勤めている人でも、魔が差すこともあるし、気の迷いもあるから、安易に信用しないこと。
 情報が、戦いの肝であり、勝敗の鍵を握る。情報を取ってくるのも命懸けだ。その情報の価値を理解できない人間、その情報を悪用しようとする人間を決して許すことはできない。

攻める前に周到に諜報すべし

『凡そ、軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所は、必ず先ず、其の守将・左右・謁者・門者・舎人の姓名を知り、吾が間をして必ず索めて之を知らしむ。』

「一般に、攻撃したい敵や、攻めようとする城塞、殺害しようとする人間がいれば、必ず事前に、その護衛をしている指揮官や護衛官、側近の者、取次ぎ役、門番、雑役係などの姓名を調べ、間諜に命じて更に詳細な情報を得るようにしなければならない。」

『必ず敵人の間を索し、来たりて我を間する者は、因りて之を利し、導きて之を舎せしむ。故に反間は得て用う可きなり。是に因りて之を知る。故に郷間・内間も得て使う可きなり。是に因りて之を知る。故に死間も誑事を為して敵に告げ使む可し。是に因りて之を知る。故に生間も期するが如くなら使む可し。五間の事は、必ず之を知る。之を知るは必ず反間に在り。故に反間は厚くせざる可からざるなり。』

「必ず敵方の間諜がいないかを探し、潜入して来て我が方を探っている者がいれば、それを逆用して利益を与え、うまく誘導して寝返らせ自国側につかせる。こうして反間を得て用いることができるのである。この反間によって敵情をつかむことができる。だから郷間や内間となる人物を見つけ出して使うことができるのである。この反間によって敵情をつかむことができる。だから死間が攪乱行動をとり、虚偽の情報を敵方に伝えさせることができるのである。この反間によって敵情をつかむことができる。だから生間を計画した通りに活動させることができるのである。五種類の間諜による諜報活動により、必ず敵の情報をつかむことができる。その敵情をつかむ大元は必ず反間の働きにある。だから反間は厚遇しないわけにはいかないのだ。」

 攻撃したい敵や城、人がいるなら、必ず事前にその周囲の護衛官や側近、取次ぎ役、門番、雑役係などを調べ上げ、間諜を送り込んで更に詳細な情報を得るようにせよと、孫子は説く。必ず成果を出そうと思えば、それだけ周到に、緻密に、慎重に進めなければならないということだろう。失敗が許されないなら当然のことだ。
 これはまさに諜報活動を営業活動だと考えれば、現代の企業にも当てはまることは分かるだろう。何としても成功させたい商談や事業企画があり、攻略したい顧客やキーマンがいるなら、その情報を徹底して収集し、それに通ずる人脈をたどり、相手の取り巻きや過去からの経歴、経緯などを調査した上で慎重に事を進めなければならない。
 さて、あなたの会社ではどうだろうか。「社運をかけて取り組め」とか「何としても実現させよう」という掛け声だけで、あとは現場任せ、担当者任せになっていないか。現場の営業マン、担当者が、事前情報も調べず、ロクに準備もせずに、当たって砕けろ精神でぶち当たり、本来なら進む話も進まなくなってしまっているということはないだろうか。
 法人向け営業の場合や会社対会社の交渉事の場合、ヘタな人、ヘタな部署を窓口にしてしまうと、失敗してしまうことがある。知り合いがいるからという一つの手がかりだけで、安易に乗ってしまい、紹介してもらったら、まったく権限のない人で話が進まず、その人に会ったがために、その上の人には会いづらくなり、その社内政治、社内力学によって本来のキーマンに会いにくくなる・・・といったことは良くある。
 やはりどうしても成功させなければならない、失敗は許されないという事案、案件の場合には、安易に飛びつかず、周到に周囲の情報、人脈情報、相手の力関係や利害得失などをキッチリ把握した上で、会うべき人、尋ねるべき窓口を決めなければならない。
 今は、ネット情報やソーシャルネットワークからの情報もある。人によってはかなりプライベートな情報まで容易につかめる。「恐ろしい時代だ・・・」なんて他人事のようなことを言っていないで、手に入る情報は入手すべし。しっかり相手のことを知ってから、乗り込むべきなのだ。
 さらに、一度お付き合いが始まった顧客や関係先については、その人ごとにデータベースを作り、出身地や趣味、家族構成などはもとより、派閥がどうとか、金に汚いとか、地位に恋々としているとか、会社や上司に不満を持っているとか、更に、酒好きか、女好きか、タバコや賭け事はどうかなど、ちょっとした情報でもきちんと蓄積しておきたい。そうしたちょっとした情報の積み重ねが、いざという時に役立つものである。
 もちろん、その人やその会社からどんな仕事が出たのか、何を買ってもらったのか、それはどういう事情だったのか、といった取引履歴や商談履歴はきっちりと蓄積してダムにする。こうして蓄積された情報が、担当変更などがあったりした時にとても役立つ。「あぁ、あの時に、あそこの現場でお世話になったのですね。本当にありがとうございます。」と一言言えるかどうか。相手にその内容を言うか言わないかは別にして、とにかく、相手より情報の量も質も優位に立っておきたい。
 別に法を犯して産業スパイをせよというのではない。日頃の業務、活動の中でいろいろな情報が取れるはずである。それらを捨ててしまわずに蓄積しておけば良いことだ。
 そうして、相手からの信頼を得、信用を勝ち取り、友情とも言えるような感情や関係性を築けたならば、その相手を反間として、また内間、郷間として利用することもできるようになるだろう。
 競合企業の営業マンなどはまさに反間だ。同業者の集まりや、同業者が一堂に会するイベント、展示会などで隣り合わせになったりすることもあるだろう。そこであれこれ世間話などもしていれば、自ずと競合企業の内部事情などが聞けたり、読み取れたりする。
 諜報活動とは現代の営業活動であり、現代企業の営業マンは、インテリジェンスで勝負する間諜なのだ。

上智を間者とし大功を成せ

『昔、殷の興るや、伊摯は夏に在り。周の興るや、呂牙は殷に在り。惟だ明主・賢将のみ、能く上智を以て間者と為して、必ず大功を成す。此れ兵の要にして、三軍の恃みて動く所なり。』

 「昔、殷王朝が天下を取った時、(のちに宰相となった有名な功臣である)伊摯は、(間諜として敵国である)夏の国に潜入していた。周王朝が天下を取った時、(建国の功臣である)呂牙は、(間諜として打倒すべき)殷の国に潜入していた。ただ聡明な君主や優れた将軍だけが、智恵のある優秀な人物を間諜として用い、必ず偉大な功績を挙げることができるのだ。この間諜の活用こそが戦争の要であり、全軍がそれを頼りに動く拠り所となるものである。」

 君主の信頼を得、のちに宰相とまでなるような人物は、そもそも間諜として活躍していた。それだけ優秀な人材を間諜にしたわけだ。
 殷王朝は、紀元前1700年頃に成立したとされる。その前が夏王朝である。殷は夏を打倒して天下を収めたわけだが、その倒した夏に、建国した湯王から三代に渡って仕えた宰相である伊尹(いいん)が間諜として潜入していた。伊摯とは伊尹のこと。
 その殷を破り、紀元前1100年頃に天下を取ったのが周である。周を建国した文王、その子である武王に仕え、殷を打倒するための策謀を巡らしたのが、太公望呂尚、すなわち呂牙である。その太公望呂尚も間諜として殷に潜入して諜報活動を行った。
 本当に信頼できる優秀な腹心を敵国の中枢に潜入させ諜報活動を行う。厚い信頼関係と、間諜自身の優秀さがなければ実現しないものだろう。だから孫子は、聡明で優秀な君主、将軍だけが、智恵のある優秀な人物を間諜として用いることができ、それによって大きな成果を残すのだと説いた。
 そして、その諜報活動、敵の情報をつかむことが戦争を思うように運ぶ要諦であり、その情報が正しく的確だからこそ、それを頼りに全軍を動かすことができるのだ、と訴えた。
 それはそうだろう。間諜からの情報が間違っていたり、不充分であったなら、それを元に立てた作戦は自ずと失敗することになるし、それを信じて動かした兵隊は思わぬ罠に陥るかもしれないのだから。信頼できる情報を得てこそ、戦争に勝つことができる。紀元前も今も、戦争は情報戦だ。どんな武力も兵力も、情報なくして有効に動かすことはできない。
 この用間篇を読めば、孫子の時代の間諜が現代企業の営業マンに相当することはお分かりだろう。営業(諜報活動)の重要性を認識した優秀な経営者のみが、優れた営業担当者を使いこなすことができるのであり、その担当者が集めてくる情報の価値を活かすことができるのである。営業力強化のポイントは、営業マンの売り込む力、押し込む力にあるのではなく、マーケット、すなわち顧客や競合の動きを把握する情報力、諜報力にある。
 どんなに営業力、戦闘力、兵力があろうとも、顧客の情報、競合の情報、マーケット情報、敵の情報、戦場の情報がなければ、戦いに勝利することはできない。
 逆に、自軍の兵力(商品力や開発力)は小さくても、相手の動きを把握していれば(マーケットニーズを探り、ニッチな分野に絞り込むなど)戦いようがある、ということだ。その判断、戦略立案の元になるのが、営業マンが諜報してくる情報である。
殷や周が、最優秀の人間を敵国に送り込み諜報させたように、21世紀の今も、戦う時には情報が必要であり、その情報をとってくる人間は、上智でなければならない。営業マンを諜報マンとして捉え直し、優秀な人材を充て、育成していくことは、企業経営にとって、とても大切である。
 作れば売れ、売れれば儲かる、という時代は終わった。売れるものを作らなければならないし、儲かるように売らなければならない。そのためには顧客のニーズを汲み取り、斟酌して、先回りする諜報力が必要だ。競合の動きを察知し、その意図を読み、有利にビジネスを進める智恵が求められる。そうした活動をする部門が営業部門であり、営業マンは現代の間諜である。
 だが、残念なことに、会社によってはこの営業部門を重視していないことがある。さらにはこの営業部門を軽視している会社すらある。技術系、開発系の下請け体質の会社に多いように思う。また、経営者が技術者、開発者だとそういう傾向が強い。「安くて良いものを作れば売れる」という発想の会社だ。技術力があり、商品力があるのは大いに結構なことだが、それでは営業機能を親会社(上流会社)に依存した下請け構造に甘んじるか、たまたま当たれば売れるが、継続して売れるものを出し続けられないという一発屋的な経営になる。技術もあるし、いい商品も作るのだから、またヒット作が出るだろうと思っても、多くの場合、売れるものが出ない。そして、一時は自社ブランドで勝負する、直販で戦うと意気軒昂だった会社が、潰れそうになったり、結局、営業力、販売力のある企業の下請け的な位置付けに甘んじて、利幅の取れないビジネスしかできなくなる。営業力=諜報力のない会社は、主体的に動けなくなるし、継続的に儲けることができないのだ。
 営業活動を諜報活動と考えるというのは、営業活動を仮説検証活動だと捉え直すことに等しい。こちらの持つ情報をマーケットにぶつけてみて、その反応をつぶさにつかんでフィードバックし、それに基づいて次の手を打つ。その繰り返し。まるで、間諜を送り込んで、敵国に情報を流(プロパガンダ)しつつ、敵国の動きを探り、それを自国に持ち帰り、戦い方を考えるのと同じ。諜報(営業)活動によって、先知し、攻めたい先の周辺情報までしっかりと探る。その情報に基づいてターゲッティング(絞り込み)し、全軍を動かす。
 製造も開発も仕入も施工も物流も、すべてはマーケット情報、顧客起点の情報によって動き、それに合わせていかなければならない。もちろんその情報によって、その裏をかくことも、サプライズを与えることもあるだろう。いずれにしてもまず相手の情報やニーズを知っておく必要がある。まさに彼を知ってこそ己がどう動くべきかを考えることができるのだ。
 孫子の兵法の要諦は情報戦略、諜報(インテリジェンス)にあり、それは全篇に渡って色々な角度から触れられているが、その取りまとめがこの用間篇である。

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