孫子の兵法

孫子兵法家のブログ「経営風林火山」
仕事で大切なことは孫子の兵法がぜんぶ教えてくれる
小さな会社こそが勝ち続ける 孫子の兵法経営戦
これなら勝てる!必勝の営業術55のポイント
マンガでわかる!孫子式 戦略思考
まんがで身につく孫子の兵法
キングダム』で学ぶ乱世のリーダーシップ
孫子の兵法-行軍篇 原理原則を知り兵の利となす

『孫子曰く、凡そ軍を処くには敵を相る。山を絶つには谷に依り、生を視て高きに処り、戦うには降りて登ること毋れ。此れ山に処るの軍なり。水を絶てば必ず水に遠ざかり、客、水を絶ちて来たらば、之を水の内に迎うること勿く、半ば済らしめて之を撃つは利なり。戦わんと欲する者は、水に附きて客を迎うること無かれ。生を視て高きに処り、水流を迎うること無かれ。此れ水上に処るの軍なり。斥沢を絶つには、惟だ亟に去りて留まること無かれ。若し軍を斥沢の中に交うれば、水草に依りて衆樹を背にせよ。此れ斥沢に処るの軍なり。平陸には易に処りて、高きを右背にし、死を前にして生を後にせよ。此れ平陸に処るの軍なり。凡そ四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちし所以なり。』

「孫子は言う。行軍に際しては必ず敵情を探索し把握しておくこと。山越えにおいては谷に沿って進み、高みを見つけて視界良好な場所を占拠し、戦う時には高地から攻め降るようにし、決して自軍より高い位置にいる敵に向かって攻め上がったりしてはならない。これが山間地における行軍の要点である。  川を渡り終えたら必ずその川から遠ざかり、敵が川を渡って攻めて来たならば、敵がまだ川の中にいる間に迎え撃ったりせず、敵の半数ほどを渡らせておいてから攻めるのが有利である。渡河してくる敵と戦おうとする場合には、川岸まで行って敵を迎え撃ってはならない。高みを見つけて高地に布陣し、下流に位置する場合は、上流から攻め下ってくる敵を迎え撃ってはならない。これが河川のほとりにいる際の注意である。  沼沢地を進む時には可及的速やかに通過するようにして、そこでぐずぐずしていてはならない。もしも、沼沢地において敵と遭遇し戦わざるを得ない事態になれば、飲料水と飼料の草がある辺りを占拠し、森林を背にして布陣すること。これが沼沢地でのポイントである。  平地では足場の良い平坦な場所を占拠し、丘陵地を右後方に置き、低地を前にして高地を後ろにするように布陣すること。これが平地における注意である。  こうした、山地、河川、沼沢、平地の4つの地形における行軍のポイントが、かの黄帝が4人の帝王に勝利した原因となったのである。」

『凡そ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴び陰を賤しみ、生を養いて実に処る。是を必勝と謂い、軍に百疾なし。丘陵・堤防には、其の陽に処りて、之を右背にす。此れ、兵の利にして地の助けなり。』

「軍隊というものは高地を好み、低地を嫌うものであり、日の当たる場所を良しとして、日陰になる場所を避けようとし、兵士の健康に気を配って水や草の豊かな場所に陣取る。これを必勝の駐屯法と呼び、様々な疾病も生じない。丘陵や堤防では、日向の側に陣取り、その丘陵や堤防が右後方になるようにする。これは戦争における利益であって、地形による助けとなるものである。」

『上に雨水ありて、水流至らば、渉るを止めて其の定まるを待て。』

「上流で雨が降って、増水した水が迫っていれば、渡河するのを止めて、水量が減るのを待つこと。」

『絶澗に天井・天牢・天羅・天陥・天隙あらば、必ず亟に之を去りて、近づくこと勿かれ。吾は之に遠ざかり、敵には之に近づかしめよ。吾は之を迎え、敵には之を背せしめよ。』

「断崖絶壁の谷間で、井戸のような窪地や穴倉や草木が繁茂して通りにくくなっているところや天然の落とし穴や亀裂などがあったら、必ず素早く立ち去って近づいてはならない。自軍はそこから遠ざかり、敵軍はそこに近づくように仕向ける。自軍はそれに向かって布陣し、敵軍はそれを背にするように仕向けるのだ。」

 行軍に当たっての注意事項を細かく述べている部分である。ゲリラ戦でもするのであれば、多少役に立つかもしれないが、2500年前の地形に基づいた行軍の仕方をそのまま学んでも、あまり得るところはない。大切なことは、物事にはセオリーがあり、原理原則を知っておくことの重要性である。時と場合、その場、その時に応じて、敵もあるわけだから、何でもセオリー通り、マニュアル通りに行かないこともあるだろう。
 川を渡るなと言われても、渡らざるを得ないこともあるだろうし、渡ろうとしていたところに急変があって事情が変わることもある。だから、そんな原理原則など知っていても意味がなく、その場その場で臨機応変にやるしかないと考えてしまってはいけない。
 原理原則を知っているからこそ、その場、その時に合わせて応用が利くのであり、その意思決定のスピードが速くなるのだ。企業経営においても、新しい経営理論や流行りもののITツール、IT用語などが飛び交うが、そうした新しい考え方、道具を活用するためには、原理原則、セオリーをよく理解しておかなければならない。だから2500年前の孫子の兵法も役に立つことになるわけだが、何年経っても、何世紀経っても、人と組織の原理原則はあまり変わらないということだろう。
また、孫子は、行軍する際には、兵を低い所ではなく高い所に置き、日陰ではなく陽の当たる場所を選び、衛生面や健康面を考慮して疾病を防ぐことが重要であり、こうした兵への配慮が必勝体制を築くのだと説いた。2500年も前に、兵士に対する配慮を説いたことに感服するが、これは別に兵士を甘やかせるためではなく、勝つためである。兵の士気が上がり、気力、体力が充実していなければ、勝てるものも勝てない。そのために必要な配慮だ。「兵の利」なのだ。
 これは現代の企業経営においても同じこと。企業の実体は人である。人のいない会社は「幽霊会社」「ダミー会社」と言われて、実体があるとは見なされない。企業とは法人であり、法的に擬似人格を認められただけの存在だから、実際に「企業さん」「会社君」という人はいない。企業行動とは、社員個々の行動のことであり、その総和に過ぎない。
 中小企業の経営者の中には、「うちは中小企業だから社員の給与も低い」「こんな小さな会社では社員の待遇を改善するのは無理だ」と、平気な顔をして発言する人が少なくないが、そうした経営者の認識こそが、小さな会社のままでいる理由であり原因であると断言できる。おまけにその経営者が「うちにはロクな社員が来ない(いない)」などと言うようなら確定的だ。そんな待遇の悪い会社だから来ないのだ。そして、それを良しとしている経営者だから良い人がたとえ来ても定着しないのだ。
 中堅企業、中小企業に、経営者がビックリするような優秀な人材が来るわけがない。大企業であってもいきなり幹部として活躍できるような人材は滅多に採用できないだろう(中途ではそもそも採用しようとしていない企業も多いだろうが・・・)。
今いる人材がその企業にとって分相応な人なのだ。待遇も大して良くないのに頑張って働いてくれている社員の皆さんの働く環境や待遇を少しでも良くしよう、ちょっとでも改善しよう、という意識を経営者は持たなければならない。人は心で動く。金だけではない。高い給与は払えないのだから、せめて心から感謝して社員に接して欲しい。そして、「一緒に良い会社にしていこう。給与も高くできるようにしていこう」と力を合わせて、会社を強くしていこう。
 もちろん、そうやって少しでも待遇改善し、少しでも働きやすいように配慮し、少しでも成長してもらえるように機会を与えても、それに応えてくれないような人材であれば、斬り捨てれば良い。戦うために集まった人材であり組織である。甘い仕事やいい加減な気持ちでいられたら、敵との戦いに勝てない。断崖絶壁に囲まれ、敵が高地から攻撃してくるような状況に陥ってから、ものの役に立たない、レベルの低い人材が足を引っ張るようなことになっているのに気付いても、時すでに遅し。一生懸命頑張って、真剣に仕事をしてくれている社員まで巻き添えにしてしまうことになる。
 このあたりの原理原則も、2500年経っても変わらないと言えるだろう。

現場を見える化してその裏を読め

『軍行に、険阻・潢井・葭葦・山林・翳薈の伏匿す可き者あらば、謹みて之を覆索せよ。此れ、伏姦の処る所なり。』

「行軍する進路に、険しい場所やため池や葦原、山林、草木の密生したところなど、身を潜めることができる地形があれば、慎重に繰り返し捜索すること。敵の伏兵や間者がいる可能性がある。」

『敵近くして静かなる者は、其の険を恃むなり。敵遠くして戦いを挑み、人の進むを欲する者は、其の居る所の者易利なればなり。衆樹の動く者は、来るなり。衆草の障多き者は、疑なり。鳥の起つ者は、伏なり。獣の駭く者は覆なり。塵高くして鋭き者は、車の来るなり。卑くして広き者は、徒の来るなり。散じて条達する者は、樵採なり。少なくして往来する者は、軍を営む者なり。』

「敵軍が自軍の近くにいながら、平然としているのは、その地形の険しさを頼みにしているのである。敵軍が遠くにいながら戦いを仕掛けて自軍が進軍するのを望むのは、敵が布陣している場所が平坦で彼らに有利だからである。多くの樹木がざわめき動くのは、敵が進撃してきているのである。多くの草を覆いかぶせて置いてあるのは、伏兵を疑わせるためである。鳥が飛び立つのは伏兵がいるのを示している。獣が驚いて走り出して来るのは、敵の奇襲攻撃である。砂塵が高く舞い上がり、その先が尖っている場合は、戦車部隊が進撃して来ているのである。砂塵が低く広がっている場合は、歩兵部隊が攻めて来ているのである。砂塵が分散して細長く伸びているのは薪を集めているのである。砂塵が少なく行ったり来たりしているのは軍営を張る作業をしているのである。」

『辞卑くして備えを益す者は、進むなり。辞強くして進駆する者は、退くなり。軽車の先に出でて側に居る者は陳するなり。約なくして和を請う者は、謀るなり。奔走して兵を陳ぬる者は、期するなり。半進する者は、誘うなり。』

「敵の軍使がへりくだった口上を述べながら、軍備を増強しているのは、進撃の準備である。軍使の口上が強硬で進撃の気勢を示すのは、退却の準備である。軽戦車が先に出動して両側を警護しているのは、陣立てをしているのである。困窮した状態でもないのに和睦を願って来るのは油断させる陰謀である。忙しく走り回って兵士を整列させているのは決戦の準備である。敵が半分進み半分退くような中途半端な攻め方をしてくるのは、こちらを誘い出そうとしているのである。」

 敵軍の細かな動きを観察して、その裏にある意図や真実をつかめという教えである。孫子は、多くの樹木がざわめき動くのは、敵が進撃してきているのであり、多くの草を覆いかぶせて置いてあるのは伏兵を疑わせるためであり、鳥が飛び立つのは伏兵がいるのを示していて、さらには、砂埃の立ち昇り方で敵の動きをつかみ、敵の使者の口上の違いによって敵の出方を探るなど、戦場での細かな注意事項、敵の動きを読むポイントを伝授してくれている。だが、そんな2500年も前の具体的な話をそのまま解釈しても何の意味もない。ここで大切なことは、現場の些細な変化や予兆を見逃すなということである。
 そのために取り組まなければならないことが、経営の「見える化」だ。「可視化経営」と言っても良い。企業行動、経営活動とは、社員個々人の活動の総和だから、経営が見えるためには、全社員がどういう活動をしていて、現場でどのような情報をつかんでいるのかを共有しなければならない。現場の社員一人ひとりが、会社の目となり耳となり鼻となって、些細な情報もつかまなければならないのだ。
 その共有の仕組みが、デイリーモニタリングシステムであるIT日報であり、「日報神経」である。ここでのポイントは、日報に、考えたことや感じたことを書くこと。自分の行動や起こった事実などももちろん書けばいいのだが、さらにそれを現場でどう感じたのか、どう思ったのかを書く。これによって些細な変化や予兆をつかむことができるようになる。
 日々仕事をしていれば、何かしら感じることがあるだろう。何もなければ、一日何もないということはどういうことなのか考えてみたらいい。毎日毎日同じことばかりやっていて何の変化もないということをどう捉えるか、というのも、とても重要な現場情報だ。
 「何かあったら言ってくれ(日報に書いてくれ)」「クレームがあったら報告するように(日報に書くように)」などと指示をすると、何かあったと本人が判断しなければ言わない(書かない)ことになる。これはクレームだと明確に認識しなければ書かない(報告しない)。
 事件が起こったり、クレームがあったりしたような、誰が見ても明らかな情報が吸い上がり、共有されるのは当り前であって、欲しいのはその前段階の情報だ。「なんとなく違和感がある・・・。」「なにか不安だ・・・。」「どうもそんな気がする・・・。」といった情報を書いてもらう。この「・・・。」の中に大切な情報が含まれている。それを見て気になれば、その本人に現場のニュアンスを聞けばいい。「これってどういうこと?」「何か問題でもあった?」とでも聞いてみよう。「いや、実は・・・・・・」と案外大切な情報がそこでもたらされることがある。
 「・・・。」とでも書いてくれるから、それが見えるし、声もかけることができる。何かあってから、では遅いのだ。
 私は「現場で匂いを嗅げ」と言っている。現場でしか取れない情報、メールや電話では伝わらない情報だからだ。微妙な匂いを日報に書いて共有しよう。
 現場における些細な変化を見える化し、空気を読み、匂いを嗅ぐことで、マーケットニーズの変化や社内の問題発生を察知し、先手を打つ。日頃からの木目細かい情報収集がポイントである。当然、フィールド(戦場)に出て顧客や競合と接する営業マンは、諜報マンとならなければならない。微妙な変化から、その裏、その背後、その奥に隠された真実を炙り出そう。

正しい評価が威厳を作る

『杖つきて立つ者は、飢うるなり。汲みて先ず飲む者は、渇するなり。利を見て進まざる者は、労るるなり。鳥の集まる者は、虚なるなり。夜に呼ぶ者は、恐るるなり。軍の擾るる者は、将の重からざるなり。旌旗の動く者は、乱るるなり。吏の怒る者は、倦みたるなり。馬に粟して肉食し、軍に懸缻無くして、其の舎に返らざる者は、窮寇なり。諄諄間間として、徐に人に言る者は、衆を失うなり。数々賞する者は、窘しむなり。数々罰する者は、困るるなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。兵怒りて相い迎え、久しくして合わず、又た相い去らざるは、必ず謹みて之を察せよ。』

「兵士が杖をついているようならその軍は飢えて弱っている。水汲みの兵がまず先に自分から飲もうとするのは渇きに苦しんでいるのだ。戦況が有利なのに進撃して来ないのは疲労しているのである。鳥が陣営に群れて止まっているようなら、そこは既にもぬけの殻となっていて敵兵はいない。夜間に呼び合う声がするのは、怯えているのである。軍紀が乱れ騒がしいのは、将軍の威厳がないのだ。旗や幟があちらこちらに動いているのは、軍の統制が乱れているのである。軍を監督する者が怒りを露わにしているのは、兵がだらけて士気が下がっているのだ。馬に兵糧を食べさせ、兵士たちには輜重用の牛を殺して食べさせ、炊事道具や水瓶も打ち棄て、兵士が兵舎に戻ろうともしないのは、追い詰められて死を覚悟した決死の軍である。上官が優しく丁寧な口調で兵士に話しかけているのは、上官への信頼を失い、兵士たちの心が離れてしまっているからである。頻繁に褒賞を与えるのは、士気の低下に苦しんで行き詰っているのである。やたらに懲罰を与えるのは、兵士が疲れて命令に従わなくなっているのである。はじめは、粗暴に扱っておきながら、後になって兵士たちの離反や反抗を恐れているようでは、部下を使う配慮がないことこの上ない。使節がやって来て贈り物を差し出し謝るのは、しばらく軍を休ませたいのである。敵軍がいきり立って向かって来ながら、なかなか合戦しようとせず、また撤退もしようとしない場合は、必ず慎重に敵の様子を観察せよ。」

 引き続き、敵の動きを「見える化」し、その裏にある真実、実体、実情をつかみ取れという教えであるが、ここでは人の動き、人の心に着目した内容が主になっている。
 そこで、人の評価について考えてみよう。
 孫子は、敵軍の実態を把握するポイントとして、頻繁に褒賞を与えているのは、士気の低下に苦しんでいるのであり、やたらに懲罰を与えているのは、兵士が疲れて命令に従わなくなっているのだ、と教えてくれた。敵軍のマネジメントがうまく回っているかどうかを観察せよということだろう。  さらに、それに続けて、はじめは兵士を粗暴に扱っておきながら、後になって兵士たちの離反や反抗を恐れているようでは、部下を扱う配慮がないことこの上ないと指摘している・・・・・・。たしかにそうだ。
 まるで、現代企業が成果主義人事で疲弊している様と同じではないか。売上が上がらない、業績が厳しい、だから成果主義にしてやる気を出させよう、成果が出ない人間の報酬を落とそうと考える。こうした成果主義への移行は大体失敗している。人件費圧縮のための成果主義だ。成果主義の名を借りた給与カットである。こんなことは孫子から見れば「見透かされているよ」ということになる。「衆を失う」とはまさにこのことだ。
 成果、結果で部下を追い込んでおいて、部下が離反しそうになったら、急に部下におもねり、甘い顔をするようでは、また孫子から叱られることになる。それも「見え見えだよ」ということになる。
 無い袖は振れないのだから、人口減少、マーケット縮小の時代には、成果主義的な要素が求められるのは当然だ。頑張っている人とそうではない人とに差がつかないというのもおかしな話だ。信賞必罰で問題はない。
だから、成果主義人事自体は悪くはないが、その際にも、結果ばかりを見ず、途中のプロセスにも着目するものにしなければならない。ビジネスには必ず相手(顧客・競合)があるから、どんなに頑張っていても成果につながらないことがあるし、どんなに手を抜いていても、たまたまうまく行くということもある。だから当然、結果も見るが、プロセスも見る。プロセスもきちんと見なければ正しい処遇はできない。
 多くの企業では結果の「見える化」に熱心だ。営業マンの売上グラフなどがその典型。だが、結果をコンスタントに出すためにはプロセスの改善が必要であり、正しい処遇をするためにもプロセスの「見える化」をしなければならない。部下の努力や頑張りを見守ってやる姿勢が経営者に求められるのだ。軍が乱れるのは、将軍の威厳がないからだと孫子も指摘している。どうしたら威厳を保つことができるか。それは正しいことは正しいと評価し、間違ったことは間違っていると処断する判断基準の確かさから生まれるものであろう。ここが常に一定で、ブレない。だから信頼できるし、安心して指示命令に従うこともできる。
 この評価、判断軸がブレて、感情に流されたり、その場の思いつきだったり、ムラがあるようだと、部下をいくら甘やかしても、「衆を失う」。人の上に立つ者は気をつけたい一節である。

普段からの信頼関係が人を動かす

『兵は多きを益ありとするに非ざるなり。惟だ武進すること無く、力を併せて敵を料らば、以て人を取るに足らんのみ。夫れ惟だ慮り無くして敵を易る者は、必ず人に擒にせらる。』

「戦争においては、兵員が多ければ良いというものではない。兵力を過信して猛進するようなことをせず、戦力を集中させ、敵情を読んで戦えば、敵を屈服させるに充分である。そもそも彼我の戦力分析もせずよく考えもしないで敵を侮り軽はずみに動くようでは、敵の捕虜にされるのが落ちである。」

『卒、未だ親附せざるに、而も之を罰すれば、則ち服せず。服せざれば則ち用い難きなり。卒、已に親附せるに、而も罰行われざれば、則ち用う可からざるなり。故に、之を合するに文を以てし、之を斉うるに武を以てす。是を必取と謂う。』

「兵士たちがまだ将軍に対して親しみや忠誠心を持ってもいないのに、彼らを罰したりすれば、将軍の命令に従わなくなる。心服して命令に従ってくれなければ軍隊を統率することはできない。反対に、兵士たちが既に将軍に対して心服しているのに、厳正な処罰が行われないようであれば、軍隊としての用をなさない。だから、兵士たちの心をまとめるのに、思いやりをもって交わり、厳正な規律をもって接していくことが必要である。これを目標必達の方法と言うのだ。」

『令、素より行われ、以て其の民を教うれば、則ち民服す。令、素より行われず、以て其の民を教うれば、則ち民服せず。令の素より信なる者は、衆と相い得るなり。』

「軍令が、普段から徹底されており、軍律が確立されていれば、兵士は命令に従う。軍令が、普段から不徹底で、軍律が乱れていれば、命令に従うことはない。平生から軍令が徹底され、誠実にそれを守っている将軍であればこそ、兵士たちと上下の信頼関係を築くことができるのである。」

 これまで見てきたように、敵の動きを探り、その裏にある真実を「見える化」しながら、敵と味方の兵力を把握し、軍隊を運用していかなければならない。そうしたことができなければ、仮に兵力が敵と比べて大きかったとしても、容易には勝てないと孫子は言う。
 企業経営においても、大が必ず小を打ち負かすわけではない。小なりといえども、敵の戦略を読み、大きいからこそできない弱みをピンポイントで突いていくことができれば、大きな敵を撃破することも可能である。中堅・中小企業には心強い一節である。
 そして、戦うためには現場の兵士が必死に動いてくれなければならない。その点についても孫子が言及する。
 兵士たちがまだ将軍に対して親しみや忠誠心を持ってもいないのに、いきなり処罰するようなことをすれば、彼らは将軍の命令に従わなくなり、軍隊の統率が取れなくなる。逆に、兵士たちがすでに将軍に対して心服しているのに、厳正な処罰を下せないようでは軍隊としての用をなさない。だから部下に対しては、思いやりを持って交わり、厳正な規律を持って接していくことが大切であると、孫子は説いた。
 現代の企業組織においても、同様の問題が生じている。「俺が上司なのだから」と肩書きを笠に着て、大した実力もなく、部下から信頼されてもいないのに、部下に対して偉そうに指示命令を飛ばす管理者や、人の上に立つ立場になっても、なかなか部下に厳しいことが言えない、叱れない上司がいる。多くの企業でマネージャー層の力不足が露呈しているように感じる。
 企業規模が小さくなればなるほど、人材の層も薄いから、肩書きが付いた管理者といえども相応の実力が伴わない場合が少なくない。年齢も上だし、経験も長いから・・・、といった理由で役職に就いているような場合も多い。上から言われたことをただ下に伝え、下から突き上げられたことを上に伝えるだけの伝書鳩上司では役に立たない。下から上がってくる情報も、都合のいい情報だけは上に上げ、そうではない情報は握りつぶすという取捨選択をしたりするようでは大問題だ。
 「俺が上司でお前は部下なのだから、言うことを聞くのが当然」とばかりに、部下を批判してばかりの人間も困る。まずは部下から「この人なら信頼できる」「この人の言うことなら従っていて間違いない」と思われるような人になることを目指してもらう必要がある。
 そして、こうした上下の信頼関係は、平素、平生、普段から醸成されていなければならないものであって、イザという時だけに露呈するものではないと孫子は指摘する。まさにその通り。何かやろうとして、方針を打ち出して、それが徹底できない会社というのは、その方針が徹底できないのではなく、普段から何を言っても現場に徹底されないような風土があるものだ。人の上に立ち、組織を動かそうと思う人は、常日頃から周囲や部下からの信頼を得られる言動を心掛けておく必要がある、ということだろう。
 また、企業組織が大きく成長していくためには、TOP経営者一人ではなく、幹部や中間のマネージャー層がしっかりしてくれなければならない。いつまでも社長のワンマン経営で、なんでも社長に聞かないと物事が進まないという経営では、経営者の能力の限界が組織の限界となる。
 そこでおすすめなのが、二段階OJTだ。IT日報における部下への上司の指導内容を元にして、その部下指導について具体的に指導する。OJTをOJTするから「二段階OJT」だ。一応、管理者にでもなれば、部下指導の大切さや、マネジメントの基本知識などは知っている。理論理屈は知っていても実行できないのが問題なのだ。本人のパーソナリティの問題もある。だからOJTで指導する。これだと証拠があるから言い訳ができない。
 日報上のコメント内容を見ていると、そのマネージャーの指導力、部下把握の状況が透けて見える。もちろん、日報という限定されたものなので、部下指導のすべてが見えるわけではないが、その標本サンプルとしては充分である。普段の様子なども見ていれば、大体分かる。
 その具体的な指導内容を元にして、「A君に対して○○○○という指導はちょっと厳し過ぎるのではないか」「B君に対してはもっと背景から説明してやらないと納得しないぞ」といった個別、具体的な指導を行う。これによって、中間層の底上げを行いたい。この層が経営者の意を汲み、心を読み取って、下の層に指導してくれるようになれば、会社は強くなる。

PAGE TOP